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2013.11.25

福島県での現職市町村長の落選に思う

 地方自治体の長の選挙では、現職有利といわれる。特に、バブル崩壊以後の税収の落ち込みや国、地方の財政も厳しい中では、かつてのようにインフラ整備を訴えてもそのお金もなく、トップになることそのものに従来型の魅力がないだけに余計に現職有利といえる。私が当選したのが平成6年だが、その前後は、いま振り返れば、バブルははじけていたものの、まだまだ地方は、元気もあり、竹下総理のふるさと創生1億円の残像もあって、若いトップの地域おこし、地域づくりに期待するムードがあり、多くの若い市町村長が誕生したように記憶している。ここ数年は、逆に、難しい時代となり、経験の方が大事にされる傾向だと感じている。
 そんな中で、福島では、相次いで現職市町村長が敗北している。大震災の被災地住民の持っていき場のない怒りややり切れない気持ちが最も身近な選挙への投票行動になっている、というのが大方の見方であり、私もそうであろうと思う。この選挙を通じて二つのことを感じている。
 一つは、政治の現場は、市町村であるという極めて当たり前の事実が浮き彫りになったということ。こんな小さな行政現場である泰阜村でも、住民は、まず「村役場」が政府なのである。たとえば、介護保険の制度は、国が作り、その制度に従ってサービスを展開しているのが保険者である市町村。わが村の高齢者は、年金から介護保険料が天引きされ、後期高齢者保険料も天引きされる。年金の支給額が減って苦しいということを私(村長)に訴える。最近その苦情が特に増えたように思う。もちろん介護保険は、村長に保険者責任もあるけれど、年金から天引きする方法は、少なくとも国の制度設計である。それに対する文句は、厚生労働大臣か総理大臣に言ってほしいけれど、そうはいかない。減反補助金削減や減反政策廃止もやはり村長が受けてたつことになる。我々は、そういう現場にいる。国会議員も県会議員も選んでいるのだが、市町村長は、自分のことを考えてくれるはずという点で、その距離感覚が国、県の政治家と違うのではないだろうか。
 いま一つは、3・11のような大災害があると、その前の行政とその後の行政では、まったく違うと推測される。つまり、平時のときに力を発揮できたトップが有事の時に力を発揮できるとは限らない、力を発揮という表現は、よくないので、言い方を変えれば、住民から信頼されるとはいえない、という極めて冷徹な事実がある、ということ。
住民のために、住民のことを常に考えているのだけれど、住民側から見たときにそう思えない。ある福島県の避難している区長さんが来村して話をしてくれたが、震災以後、村長がなかなか話を聞いてくれない、という表現をしていた。いままでは聞いてくれたのに。私は、こんな時の村長の仕事は、対外的な対応ばっかりで、そうそう時間がつくれないと同情し、村長の肩を持つけれど、現実は厳しい。
 泰阜村に南相馬の原発被害で避難している方がいる。「うまいことを言われても帰ることは無理だと思う」ということで、泰阜村への永住を決意した。いまの空き家活用の民家が老朽化しているので、村で住宅を建設し、そこに住んでいただく方針にした。その方も南相馬市の対応に満足しているように思われない。桜井市長は、よく知っているし、がんばっていることも承知しているが、それでもである。
 泰阜村は、満州に分村をつくり、しかし、多くの村民を犠牲にしている。満州移民政策という国策が悪い、つまり、国が悪いので我々はこんな目にあい、こんなに苦労した、という声が多い。これも事実であるが、最近の私は、では、当事者責任は、どうなのだろうか、と考えている。今度こそ、国策のせいにしないで、自分たちの幸せを守らなければいけない。いまの山村は、再び分村をしなければいけないような状況に近いのでは、とも思う。山村に対する国の政策が悪いのであるが、それでもその国に生きている者として、自分でも生きていく道を考えなくてはいけない。ただ、満州分村は、私が体験したことでもなく、その時私が村長だったらどうしたのだろうかその答えは持ち合わせない。これほどの大災害で、東電以外、誰が悪いということでないだけに、ほんとうに複雑な思いにかられている。
 現職は、落選したけれど、新しく就任した市町村長がどう評価されるのか。その分かれ目は、住民とどう接し、何をすれば信頼関係ができるのか、そこを見極めることにあるのだろうと思う。ただ、こうして評論している私がいかに幸せな立場にあるか、それはわかっているつもりですが。

02:07 午後 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック