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2013.04.01

「祈る」ということ

 私の村、泰阜村に「カルメル会修道院」があります。過日、泰阜村を訪問してくれたわが友、元埼玉県庁職員の加藤氏と上智大学学生二人とともに、しばらくぶりに修道院を尋ねました。突然の訪問だったのですが、快く対応してくれました。もう10年も前になるのでしょうか、この修道院の竣工式に招待され、その祝辞で「祈り」という話をしたことを思い出しました。
 年齢を重ねてきたせいなのか、このごろ祈るしかないことばかり、と思うようになりました。平成6年に村長に就任し、半年もたたない平成7年1月に阪神・淡路大震災が発生しました。そして、2年前の3月、東日本大震災が発生。特に、東日本大震災では、地震、津波はともかく、原発事故が起こりました。飯館村の方の話を2回ほど聞く機会がありましたが、私どもでは、ただ聞くだけしかできません。こんなことがあっていいのか、どうしてこんなことが、と思います。実は、大震災ばかりでなく、我々の周りには、そんなことがたくさんあります。子宮頚がん予防のために、予防接種が有効ということで国も自治体も積極的に取り組みが進められました。私は、予防接種慎重派です。それは、病気になるのは、どこかで自分自身を納得させられるが、予防接種の事故は、あのとき受けなければよかった、という思いが生涯消えないと思うからです。しかし、それは、ほんの小さな危険性なので、予防接種推進派の勢力が勝る時代となったように思います。ところが、先月の中日新聞が子宮頚がんワクチンの副反応を取り上げました。なるほどと思って気にしていると、この副反応問題がけっこう活字になっているようです。ガンになっていない若い女性がガンを予防するために予防接種を受け、一生障害を負うことになるケースが少ないとはいえあります。しかも予防接種法の規定にない時期だったので国の補償もありません。私は、障害を持った彼女にかける言葉はありません。
 北海道で吹雪があり、閉じ込められた親子がエンジンをかけていたために一酸化炭素中毒で亡くなったという。また、軽トラックから降りて助かろうとした親子が目的地へ着く前に吹雪に巻き込まれ、父親は、娘をかばうように亡くなったという。私でも雪の中へ閉じ込められたとき、凍死しないようにエンジンはかけたままにするかもしれない。軽トラックの中でじっと待っていれば・・・・。
 長野県が男女とも全国一位の長寿県になったという報道があり、多くの方がこれはたいしたものだという。しかし、私のように国より20年早く進んだ高齢社会の中で、在宅福祉を推進してき立場でいえば、決して喜ぶ気になれない。ひと月ほど前、ある女性から電話をいただいた。旦那様が認知症(この病名に違和感を持つのですが)になってしまったという。私は、お父さん(旦那様)がしっかりしていて、何もかもお父さんの言うとおりにやってきて、頼りにしていたのに、まさか、こんなことになるなって考えてみなかった。悲しいけど、お世話になるので頼む、という。私は、「いいんだに、歳だもんで、大丈夫」、としか言いようがなかった。特養のベッドで長くがんばっているかつて活躍したおじいさんがいる。最初は、子供も顔を出したが、このごろは、あまり見ない。ただうつろな顔をして、食事の時間になれば、食べたくなくても早く食べな、とせかされ、人間の尊厳って何なのだろうか、おじいさん長生きしたばっかりにと思ってしまう。高齢者を冷静にみていると、長生きを幸せと感じる人の方が少ないと私は思う。長寿全国一って、その中身がわかっているのだろうか。
 こうして世の中の出来事をみていると、私に何ができるのだろうか、今の私にできることは何もない。でも、ただ一つできるとしたら、「祈る」こと。被災された方々も障害を持った方々も特養にいるおじいさんも認知症になった旦那様も不幸にして亡くなった方々もみんな幸せになってほしい、と祈ることなら、と思う。
 村長として、思うようにいかないことばかりで、職員にいろいろ文句をいう。こんなに長く村長をやって、いつも同じことを言っているのに俺の考えていることがわからないのか!と。しかし、村長とは違う人間で、同じように考えろ、というのも無理なことなのだろう。そうはいってもなんでわからないのか、と思うと毎日がストレス。
 そんな村長であっても、カルメル会のシスターの皆さんが泰阜村のこと、泰阜村長の幸せを祈っているのですよ、と言ってくれる。この言葉を聞いて、ほんとにありがたいことだと思う。どんなに社会が進歩しても、技術が発展しても、便利になっても、私たちが人間である限り、祈るしかない現実があることを忘れてはいけないと桜の花を見ながら思う。
 
 
 

04:39 午後 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック