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2010.01.21

貴乃花親方の相撲協会理事選立候補

 平成22年も20日以上過ぎてしまいました。うちの役場職員が乗ったあとの公用車をみると、ラジオの選局は、ほとんどFMになっている。FMでもニュースは、やっているのだろうが、その選局から、およそ世の時事問題を積極的に聞こうという感じは受け取れない。朝、新聞を読んでくる職員も限られているのだろうと思う。それは、自分の若い時を思い出しても同じであるからよくわかる。それでも、たまに言う「噂話に花を咲かせていないで、世の中の動きに目を凝らし、世の不条理に憤りを感じるような」生き方をするのが公務員ではないかと。朝礼という行事をやっていて、私がいるときは、私がしゃべる。各担当の日程を聞くだけのときもあるが、感じたままのことをいうときもある。長くやっているので、職員も村長が触れることの予測をしているのかもしれないが、その予測がはずれてこそ、私の価値があるものと思っている。
 さて、前置きが長くなったが、相撲協会の理事選挙に貴乃花親方が、二所一門を離れても立候補する、という報道があった(貴乃花は、宮沢りえと別れたので快く思っていなかった)。この話題を朝礼で話した。ほとんどの人は、何のことかわからなかったと思のだが、相撲のことが少しわかっている人なら注目すべき話題である。相撲界と聞いて、何を連想するか、「封建的」。封建的というのは、決して悪いことばかりでなく、日本という国の社会常識の基本は、封建的で、だからこそ秩序ある社会が保たれてきたと考えている。自由をはき違え、自分勝手なことを許し、自主性と称し、子供たちに勝手なことをやらせるような社会の方がおかしいと思う。しかし、相撲界の封建的なイメージは、善は善なのだろうけれど、どう考えても旧態依然とした体質から脱却しなければいけない時期なのに、なにも改革できないではないか、ということになる。理事の改選といっても、各一門から順番で選ばれた理事候補が、選挙にならないように調整され、当選していく。横綱朝青龍に、注文付けるのは、内館牧子さんだけ。私がみてもあの懸賞金の受け取り方、にらみ合う態度、土俵を割った力士を突き飛ばす、これも朝礼で話したが「ガッツポーズ」など、注意すべきことはたくさんある。理事長は、親方に多少いうだけ。高砂親方は、顔つきどおりやさしいようで、横綱に何も言えない。巡業で力士が稽古しないという、嘆くだけで稽古するようになったという話は聞かない。本場所では、手に汗握るような取り組みはほとんどない。このような姿をみていると、相撲協会は、永遠に改革できない、と思ってしまうが、その時に「貴乃花」が二所一門を離れても理事選挙に立候補するという。波風を立てずに、順番を待っていた理事候補は、困ったと思う。ということで、貴乃花のその意気込みは、たいしたものだ、2月1日の選挙を注目している、というのが、私の話であった。
 2月1日にもう一度話をしたいと思っている。ここでは、先にその話を書いてみたい。貴乃花に拍手を送る人は、多いと思う。では、立候補だけでいいのか、ということである。今回の貴乃花の行動は、いまのままの相撲協会では、だめだ。改革すべきことが多い(これについて、ある新聞が、どのように改革するのか、述べられていない、と書いたが、そういわれれば、目指す方向は、我々にはわからない)、そのために私は、理事に立候補する、ということだ。ここで「謀反は、成功しなければ意味がない」ということをどう考えるか、だと思う。相撲協会の改革が目的だとしたら、それを実現させなければならない。いまのところ、行動をともにする6人の親方に、自分を入れて7票というから、当選ラインに達しない。そもそも親方だけが選挙するというこの仕組みだっておかしいのだが。当選しない場合、もしくは、当選しても理事会決定は、多数決だから、貴乃花の意見は、ことごとく葬り去られるのかもしれない。となると、貴乃花の行動は、一石を投じた、波紋を広げた、ということで終わってしまうのかもしれない。
 しばらく前に、自民党加藤鉱一議員が「加藤の乱」と称して、政界再編のために自民党を出るといった(?)ようなことがあったが止められて実現しなかった。泣いたようだが、泣いて終わるというのは、とても謀反とはいえない。これを思うと、二所一門から破門されても出る、という貴乃花の態度は、立派であると思う。
 この件に関し、理事長(元三重の海)が、貴乃花の行動を批判したというが、貴乃花の意見も聞き、改革も前進させよう、といって、二所一門をまとめたといえば、理事長として立派だが、協会の代表が、理事の選挙に立候補しようとする人間を批判し、昔の一門制度を死守しようとする態度が大問題であることがわからないようで困ったものである。
 さて、私は、思う。人間は、一石を投じなければならない、ときもある。謀反を起こさなければならないときもある。しかし、謀反は、成功しなければ、反乱軍として鎮圧されてしまう。親方の中に「あと4~5年もすれば貴乃花の時代が来るのに、バカなことをいましなくても」という声もあるようだ。それも事実だろうと思う。それでも、ここで行動を起こさなければ、と考えて立ち上がる人間に魅力を感じる。自分では、出来ない、と思えばこそ、余計その若い心意気をうらやましく思う。みなさんはどう思うのでしょうか。成功しないような謀反は、やめて、時期を待つべきか、たとえ、成功しなくても自分の意思どおりやってみよ、もっといえば、自分が貴乃花だったらどうするでしょうか。2月1日を注目したいと思います。

11:37 午前 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック