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2008.09.29

「人生意気に感ず」デーブおめでとう、西武おめでとう

 9月26日夜、札幌ではあったが、埼玉西武ライオンズの優勝が決定し、渡辺監督の胴上げがあった。もちろん、勝って胴上げしてほしかったが、レギュラーシーズンでの優勝決定の瞬間であることには間違いない。ベンチで泣きながら抱き合う打撃コーチデーブ大久保と渡辺監督の姿に感動した。あのデーブがいる、デーブが泣いている、テレビの中に飛び込んでいっしょに泣きたいような気持だった。
 平成6年に村長に就任した私は、ソフト事業をやろうということでいろいろ考えた。私は、山村育ちで都会を知らず常に「山村コンプレックス」を持っていたし、今でもある。その一つに、田舎にいるといわゆる一流とふれあう機会が少なく、常に半周遅れのような気がするのである。田舎にいても一流に接することができることが必要ということで、まず少年野球の指導にプロ野球選手を頼もうと考えた。その年引退した選手では、パンチ佐藤が有名で、パンチを頼もうということで接触したが予定がいっぱいで断られ、その時、巨人を引退した大久保博元ことデーブ大久保なら交渉可能という結果だった。もともと巨人ファンであったので、では、大久保選手をお願いしようということになり、平成7年5月の連休だったと思うが、第一回デーブ大久保野球教室が実現した。それが終わり二年目、今度は、誰を頼もうかと思っていたら、子供たちがもう一度デーブを頼んでほしいという。私は、野球教室は年々違う人を頼むものだと思っていたし、頼まれた方も二回もいやだというはず、と考えたいた。ところが、デーブは、喜んで二回目もきてくれた。その時のあいさつで、今度は誰にしようかと考えていたが、皆さんの希望でデーブに、と言ったので、いまだに、「村長は、私を代えようとした」といわれる。その後、毎年泰阜へ足を運んでくれる。
 そして、昨年が13回目のデーブ大久保野球教室だった。10回過ぎ、デーブがでかい優勝カップをくれて「デーブ杯野球大会」も開催されて三年目。今年も、日本シリーズになればいけないが、その時は、元巨人の橋本投手が行きます、ということのようだ。もう、私の手は完全に離れ、保護者やデーブ世代の子供たちが高校野球から社会人になりデーブを囲んでの野球教室であり、大交流会になっている。
 一回目茅野へ迎えにいき車できてもらった。デーブいわく「どこの山の中へ連れていかれるかと思った。二度といやだなあ。」ところが子供に接し「これほど真剣に、目を輝かせて野球に取り組み、一生懸命やろうとする子供たちはいない。いま都会では、野球教室慣れで、我々のいうことを真剣に聞かない。泰阜の子供に接し、あらためて野球の原点に戻れた気がする」という。そして、泰阜からプロ野球の選手を、と本気でいう。
 毎年、子供たちを保護者を、プロ野球観戦に招待してくれる。今年は、もちろん西武球場、練習のときグランドにおろしてくれて、球広いをさせてくれたり、本物の練習を見せてくれたという。デーブいわく「もうお金じゃない」と、泣かせることを言ってくれる。昨年、西武のコーチ依頼があったとき、悩んだようだが、一軍の打撃コーチになるということは、子供たちにとっても誇りかもしれないと考えたようだ。彼は、泰阜の子供たちにいう「プロも同じ練習をしている。私は、君たちにプロと同じことを教えている」と。
 そのデーブがコーチになり、「アーリーワーク」という早出練習、徹底的な練習を秋季練習から今日まで、休みなしに続けている。デーブは、途中やりすぎて足を痛めた。それでもやめなかったというか、若手がやめさせてくれなかったのだ。渡辺監督の自由奔放野球が選手の力を引き出したことは事実だが、選手の力がなければ、引き出すこともできない。中島などほんと一流の遊撃手になった。中村もホームランの数の三倍以上も三振しているが、ホームランを打てる打撃技術を身につけたからこそ、監督が狙ってこい、といえる。言った以上、責任は、監督にある、これがわかっている渡辺監督だからえらい。指導者は、誉めなければ、ということが言われる。世の中勘違いがあり、何でも誉めりゃいいような雰囲気がある。そうでなく、苦しい、人並み以上の努力をして、結果を出した時に「誉める」ということでなければならない。努力もしないやつが結果だけ出してほめるなどとんでもないこと。もちろん、少年野球や社会人のスポーツのように、そのレベル、段階で上達したとき、うまくいったときに誉めてやることは、指導上必要で、ここでいうプロの世界とは違う。役場の職員は、行政のプロ集団である。今日の会議がうまくいったといって課長が部下を誉めるようなことではない、そんなことは当たり前。行政も、新しいことに挑戦し、何年も苦労しながら一つのプロジェクトをやり遂げたときに始めて誉める、それがプロの世界。渡辺監督や黒江コーチは、それがわかった上での自由奔放野球で開花したと思う。
 デーブに始めてであったとき、頭のいい人なんだろうなあ、と思った。これが第一印象。毎年、色紙にサインをもらうが、帽子をとってありがとうございます、といってから「我慢」と書いてくれる。5年後、10年後のチームづくりのために始めた指導が、一年目で開花した。シーズン当初、勝てないとき、職員に「批判されるのであろうが大変な仕事に就いたものだ」と話をしたが、杞憂に過ぎなかった。彼の指導、打撃理論が優れているのだろう。それは、野球教室の指導ぶりでわかる。打撃コーチは、10人のうち9人駄目にして、一人育てりゃたいしたもの、といわれる世界のようだが、やはりコーチの実力がないと選手がかわいそうなのだろう。
 デーブは、テレビ番組でアナウンサーが泰阜の子供たちの手紙を読んだとき涙を流してくれたが、今回の大泣きの姿をみて、「人生意気に感ず」という私の大好きな言葉がほんとに似合う男だと思った。短い人生、誰のために、何のために生きるのか、お金のためや自分の老後のためにがんばっているだけじゃ悲しい。
 付け加えるが、数年前、フジテレビの取材をかねて、デーブ野球教室に、渡辺久信氏、駒田徳広氏も来てくれたことがあった。少年野球のあと、大人で試合を行った。私も使ってくれて、渡辺投手のチームで内野を守った。そのとき、ヒットを打った私をみて渡辺氏が「いいバッティングしているね」といってくれた(と思う)。彼の眼力は、正しい。私の草野球人生での唯一の誇りである。
 こころからデーブおめでとう。日本シリーズに出なければ、野球教室に来てくれるのかもしれない。複雑な心境で応援しよう。

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2008.09.26

小学校の運動会をみて考えた

 台風の影響で天候が心配されたものの、朝には雨があがった9月20日に二つの小学校の運動会が行われた。学校のことだから前日に延期を決めるのでは、と思っていたが、グランドを手入れしてでも実施してくれてほっとした。21日が雨となり、結果的にこの選択は、吉、であった。何としても土曜日に、という意欲があったとすれば、それが誰のためであったのか、それはわからない。でも、行事は、予定通り行われた方がいい。
 さて、南北に二つの小学校があるので、午前、午後と二つの小学校を訪問する。立場上、来賓祝辞などを申しあげるので、交互にできるよう配慮しているつもりである。今年は、北小学校であいさつをして、午前中北小学校運動会を見学した。陽射しが強くなった。いつも思うのだが、子供や保護者は、炎天下に座り、来賓は、テントの下。主人公は、子供なのに、これでいいのかなあ、と思う。来賓は、炎天下で、子供たちがテントの下の方がいいのでは、と思がどうなのであろうか。
 本題に入るが、北小学校の高学年が「騎馬戦」を行った。私は、感激してみた。いま、学校現場や保育園、さらに福祉現場全体にもいえるが、「リスク」対策が大きな課題になっている。危険なことに挑戦し、もしケガでも負ったらどうなるのか、すなわちその責任は、誰がとるのか、ということ。昔は、それは、わが子の責任、本人の責任ということで問題になるケースはほとんどなかったのではないだろうか。しかし、最近は、管理者としての責任を考えると危険なことはできない時代になった。
 もちろん、介護現場など、あきらかに介護技術が未熟であったり、時間がなく手抜きによっての事故がおきることも否定できない。これが問題にされることもあるが、過失責任は負わなければならない。
 総合的に考えると、過失のないようにやるけれど、それでも起きてしまった事故をどうするか。それは、受け入れていただく以外にない、という理解ができる社会であってほしい。が、いまは、その責任を問うことの方が重要になってしまった。というより、そういう社会を作り上げてしまった。確かに、人命にかかわるとそれは大変である。一方、私たちが生きるということは、常にリスクと共存していることでもある。一例でいえば、車で通勤しているが、車に乗る以上、最大死亡事故までに遭遇するという覚悟を持っていなければならない、と私は思う。
 公園のブランコが落ちて事故があった場合、その責任は、公園管理者である市町村の課長であり、最終責任はトップである。遊具があった方がいいという善意なのだが、責任を問われるなら、危険なものは設置しない方がいい。サッカーの試合中に、落雷で亡くなったのは、監督の責任。となると、雷がなれば、野外での競技は、やらせることができない。プールなども使わせない方がいいのかもしれない。現場では、こんな考え方がどんどんエスカレートしていく。
 話をもとに戻すと、小学生の騎馬戦である。帽子を取るだけとはいえ、ひっかいたり、落馬での事故も想定できる。こんな時代にあえてやる競技でもないのでは。組体操で十分では、と考えて当たり前と思う。それでもやったのは、たぶん勇気ある教師が一人いたのだろうと推測できる。それを認めた教頭、校長もいた。私は、社会の中で生きるには、常にリスクと共存しているという現実を知り、また、どんなにがんばっても負けるという事実を体験する必要を感じている。運動会など小さなことではあるが、応援合戦に負けて泣き、紅白対抗で負けて泣く子供の時代にこんなことを経験させることを教育というのではないかと思う。北小学校で騎馬戦ができたのも、日頃の保護者、子供との信頼関係が厚いのだろう。リスク対策が叫ばれるが、それは「信頼」という二文字によって解決される。というより、リスク管理などという仕事に時間を割く必要もなくなるであろう。南小学校では、先生たちがお揃いのTシャツを着ていた。校長も教頭も。教員一丸という感じを受け、これなら保護者の信頼もあるだろうと思った次第。
 さて、この北小学校では、我々が保護者の時代から、運動会のあと教員、保護者、来賓含め「慰労会」が行われる。二次会は、校長住宅である。私は、校長住宅まで皆勤であるが、何年か前、若い女性の体育主任(運動会担当)の先生が、大成功に終わった運動会に感激し、涙を流しながら校長住宅で何度も乾杯した。そんな純粋な先生の気持に、汚れた私の心もきれいにさせられた。今年も騎馬戦で、最後引分けというときでピストルを撃った先生の気持ち聞きながら酒を飲んだ。私は、性善説に立っているが、多くの人間は、悩みながら、考えながら、答えの出ない社会で悶々としながら生きている。そんな心の奥底は、酒でも飲まなければ語れない。ただし、大事なことは、それを聞いても忘れることである。この慰労会の参加者も減少傾向。そういう時代なのだろうか。社会を維持していく大切なものが失われていくような気がする。社会のルールはあっても、そのルールは、法律の条文で守っていくのでなく、人間同士の理解で守られていく。気の合った仲間だけで、またわが子だけで社会が構成されているわけではない。それをぎくしゃくさせず動かすには、潤滑油がいる。社会の潤滑油を「酒」と思っている。
オイルが切れれば、車も壊れる。オイルは、少ないけれど重要なのである。農機具も動かす前に、注油が必要。
伝統ある慰労会も継続してほしいと思うが、統合もありどうなるのであろうか。
 慰労会のあいさつで、校長が、いい運動会ができたのも教員のおかげとその努力を誉めた。日頃は、どうも教師は、うまいことを言いすぎる、だから管理職としての指導力にかける、と思っているのだが、この日は、素直に聞くことができたので、それを受けて「私も明日からたまには職員を誉めて・・・」なんてあいさつをした。
 あれからほぼ一週間、結果はどうか、まだ誉めるところまでいかないなあ・・・・・。私の思うように成果が上がらないしぬるま湯というか職場の湯加減も良すぎる。職員を誉めるには、まだまだ時間がかかりそう。ということは、まだやめるわけにはいかないのだろうか。
 

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2008.09.11

福田総理大臣の辞任から政治家を考える

 9月10日に泰阜村の最高齢者になる馬淵たかねさんの100歳のお祝いに、長野県下伊那地方事務所長がきてくれて、長野県知事の賞状と金杯が渡された。100歳は、実は、総理大臣からの賞状と銀杯が贈られるのだそうだ。それは、私が代理で手渡したのだが、平成20年9月15日総理大臣福田康夫 となっており、それを代読した。あれ、もう辞めたのでは、と思ったのだが、現在の総理大臣は、福田さんでいいんですよね、という感じ。考えようによっては、貴重な賞状でもあるが、あの辞任会見をした総理大臣の賞状を手渡すのもおかしな気がした。前置きはこれくらいで昨年は、安倍総理。今年は、福田総理と二代続けて辞任するというのも、大変なことだ。でも、地元新聞のインタビューで、私は「大変だったと思う。御苦労さまといいたい」といって、福田総理の気持ちは理解できると返答した。無責任なんだろうが、行き詰ってもうできない、と思った人が辞めるというのは、理解できるような気がする。一国の総理大臣と山村の村長を同じレベルで考えてては、失礼だが、山村村長には、それなりの苦しみもあり、辞めたいと思うこともたくさんある。しかも、若くしてその立場になったので余計そんなことを思う。ただ、安倍総理辞任のときにどう書いたのかわからないので、もしかしたら整合性がないかも。でも、気持はわかる、という感覚はたぶん同じだと思うが。
 今回、街の声のなかに、「私たちだってこれだけ苦しい中でがんばっているのに、総理大臣が大変だといって投げ出すなんて・・・・」というのがあって、これが庶民の本音だろうと思う。総理大臣だけがえらいのでなく、いつ倒れても不思議でないほど働いている人はたくさんいて、そんな国民からみれば、もっとずたずたになるほどやってから、辞めるといってほしい、と思うのでは。福田さんのあの表情、一記者の言葉にむきになるなど、あの雰囲気からは、とことん努力したという印象はなく、やはり無責任では、ということだと思う。
 さて、最近は、政治主導ということがいわれるが、政治家と官僚とどちらが悪いのか、と思う。そんなことを考えていたら7月6日の中日新聞の視座でジェラルド・カーティスという客員教授(コロンビア大学)が、ひどいのは政治家か官僚か、という論文を書いていて、なるほどと納得した。居酒屋タクシーの話なのだが、官僚が反対だからできない、と自民党の政治家が恥ずかしげもなくいう。自分の責任を逃れるためにすぎない。それに、いかにも自分にリーダーになる資格はないと白状しているようなものである、と指摘し、最後に、居酒屋タクシーはひどい話だが、官僚が遅くまで働いている間。政治家は、クラブやカラオケで遊びながら、役人の悪口を言っている。こちらの方がもっとひどいのでは、ないだろうか、と締めくくっている。
 そうなのである。私もそうだが、口だけで世の中を動かそうとするだけで、政治家に、法律をつくったり、現状を分析する力などないし、そんな時間もない。だから、政治家は、優秀な官僚を使う、ということで力を発揮すべき。官僚には、この教授がいうように、もっと高度な知識、専門知識をもった人を増やし、きちんとした政策や法律を作ってもらうべき、その指示をするのが政治家で充分。いま政治家が主導権を持つ、という言い方や意識が何か間違った方向で考えられているのではないだろうか。
 政治家は、だからわからないことはわからないといえばいいし、疲れたら疲れたといえばいい。福田さんも、私の力の限界です、といってほしかった。民主党のせいにしたってしかたない。一国の総理大臣なんだから。
そんな意味で「謙虚さ」こそ政治家の一番大切なものだと思う。私もそろそろ限界なんだろうなあ、と思う。

04:42 午後 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック