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2008.08.29

職員にいう「我々は、評論家ではない」

 北京オリンピックが終わった。始まって早々の北島選手の金メダル獲得では、ほんとうに鳥肌が立った。本番で実力を発揮する、できる人の心臓を覗いてみたい。女子ソフトもすごかった。オーストラリア戦で、7回二死からホームランで同点にされたが、普通あれで流れはオーストラリア。それを食い止めた上野投手の気迫、精神力も、言葉が出てこない。同じ「とうしゅ」でも日本の党首に気迫や精神力を教えてやってほしい。
 なでしこジャパンもすごかった。一方、柔道の選手選考、マラソンの選手管理、選考等もう少し考えてもいいのではという感じもしたがどうなのだろうか。
 さて、本題に。オリンピックが終わって、一番批判されているのが、星野ジャパン。特に、星野監督に対する批判は、単なる批判を通り越し、批難、中傷の類といえるだろう。コーチ陣の顔ぶれ、選手選考、本番での選手起用すべてにわたって攻撃されている。負ければ、こんなもの、と承知しているだろうが、世の中ほんとうにそんなものである。勝っていれば、称賛の言葉が与えられたと思うのだが。
 野球の結果が出る前、8月9日に職員全員参加しての集りで、平成20年度の後半を乗り切るために、ということで、職員に「我々は、評論家ではない」という話をした。自称、野球評論家の私で、野球のことは一応詳しいと思っているが、子供の影響もあり野球を通じて何を学ぶか、ということも考えられるようになった。
 役場職員というのは、よき泰阜村にするために、住民が安心して暮らせるために、日々行政サービスを提供している。しかし、こんな小さな村の役場でも、縦割という弊害がある。それは私の仕事ではない、ということを言いたがる。また、自分以外の仕事を批評する。それも建設的な意見ならいいが、その仕事を揶揄したようなことをいう。つまり、評論家になっている。私がいうのは、平成20年度の方針や予算を決まるまでは、我々は、議論が必要、評論家になることも必要。しかし、スタートした以上、もう評論家ではいられない。このことをあえて言わなければならないのは、住民は、役場職員を選んだ気持はないが、村長や議員は、私が応援して選んだという意識があり、職員が聞いてくれないときは、村長に話がある。役場職員に足を引っ張られているような話があったり、村の重要事業を批判しているような話を聞く。疲弊が続く山村を引っ張るのは、行政だ、と私だけがかけ声をかけてもこれではどうしようもない。山村の戦いは、桶狭間である。それだったら東京と戦えるかもしれない。それだけの軍団にしたいと思っているのだが、足元からこういう状況もあるということである。
 星野ジャパンでいえば、私は星野。職員は、選ばれたプレーヤー。チーム一丸となっても負けるような試合が続く。これは泰阜も同じ。プレーヤーが、プレーヤーを批判し、作戦を批判しているようではチームにならない。戦う前から勝負にならない。我々は、単年度で勝負している。もうすぐ5回が終わる。いま一度「我々は、プレーヤーで評論家ではない」といったのだが通じただろうか。一丸となって戦っても負ければ、星野ジャパン同様、批難ごうごうである。しかし、それは受け入れなくてはならない、そのためにも評論家ではだめなのである。評論すれば、負けた理由を並べるだけのことである。岩瀬をなぜあそこで使ったのか、それは、最善の策として監督が決めたのである。結果について、評論されていいのだが、我々は、評論する立場にないことを理解しなければならない。
 この日は、土曜日で球技大会のあとだったが、義理で1~2名の職員が欠席しただけで全員参加。私の飲むときは飲む、という方針でありながら、まだ車で来る職員もいる。飲む席に飲まない(身体が受け付けないのは別)という態度が、私では理解できない。帰りが心配という理由なら、泰阜だって、タクシーもあり、電車も走っている。たまには、旦那や奥さんが迎えにきたっていいのだが、一度も見たこともない人もいる。女性職員なら、たぶん我が家では旦那も迎えに行っていると思う。
 統率とれないこのいい加減な組織、これも将が将なので仕方ないのかもしれない。
 たまには、愚痴もこぼしながら、後半戦を戦わなくてはならない。今年は、打つ手打つ手がうまくいかないことが多い、落合監督と同じ気持ちなのかもしれない。
 

11:26 午前 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック