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2008.07.23

高校野球長野大会が終わって

 自称、野球評論家なのですが、甲子園をめざした高校野球長野大会も終り、少し気落ちしている。それは、長野大会決勝で佐久長聖高校が敗れたことが原因でもある。子供が佐久長聖高校野球部に所属したということもあるが、監督でもある中村先生や平出部長の「全員野球」という精神を知れば知るほど、中村先生がベンチで指導できるうちにもう一度甲子園にという思いが強い。今年は、ほんとうにチャンスだった。春の選抜に二校が出場し、この二校に松商がからむ展開だと予想された。しかし、春の北信越大会では、松商を破り佐久長聖が優勝した。春の優勝校が甲子園に行くケースは少なく、いやな予感もあったが、注目の長野日大上村投手を打ち、長聖が勝ち、にわかに甲子園が近づいた気がした。いま一つ注目された東海第三の甲斐投手と松商が準決勝であたり、
もしかしたら東海がと思ったが、やはり松商が勝った。やはり、長聖高校のライバルは、松商学園である。わが子の時も松商に負けた。今年も負けた。勝負の世界は、厳しいものである。
 さて、今回の話は、これからである。泰阜村は、少年野球をはじめ野球が結構さかんである。現在西部ライオンズの打撃コーチで活躍しているデーブ大久保こと大久保博元氏が13年も毎年野球教室に訪れていることも大きく影響しているが、これについてはまた別の機会に書きたい。
 今年の下伊那農業高校のエース木下君も泰阜出身である。春の北信越でも南信の代表にもなった。二回戦で長野高校(長野は二試合目)と対戦することになり、松本球場へ応援に行ってきた。公式戦で木下君を見るのは、初めてであったが、成長した姿をみて感動、スタイルもいいしなかなかのイケ面のようである。まっすぐは、130キロ台だと思うが、コントロールもよさそうでまとまった好投手という印象をうけた。一回に長野の3番に本塁打を打たれ一点を先取されたが、二回に二点とって逆転。その次長野の攻撃で同点に追いつかれ、なお二死満塁という場面でセカンドゴロを二塁手がエラー(トンネル気味にみえたが)し、二点が入り逆転された。このプレーで二塁手が落ち込んで(私にはふてくされた態度にみえたが)いるようにみえた。確かに、多くの観客は、あのゴロを
とっていればと思ったと思う。しかし、野球にエラーはつきもの。エラーがない試合は勝つし、エラーしたり、チャンスで打てなければ負ける。でも、三年間苦労してやってきたんだから、エラーしても「すまん」だけでもっと前向きな姿をみたかった。いままでには、彼のファインプレーで勝った試合もあったかもしれない。それでいいではないか、と思う。その二点も確かに問題だったが、まだ4-2。私には、次の回の守りの方が問題であったとみた。次の回も長野の2番が出塁した。ここで3番(ホームランを打っている)を迎えたが、守る下農は、バンド守備体制をとった(私にはみえた)。ところが、長野高校の攻撃スタイルは、信頼のクリーンアップは、いつも打たせてきたと思う。これは、事前の調査でわかることである。バンドなしで落ち着いて打たせてとる投球をしてほしかった。バンドを警戒して四球、連打がからみ決定的な追加点を与えた。その後は、もう流れを変えることができず、コールド負けを喫した。確かに、長野の2~5番打者は、よかった。あてにくるようなことはなく、スイングしていた。でも、木下君が抑えられないバッターではない。一人打たれても連打を食わなければいいのであるから。このようなバッターと対決するには、ねばり強さが必要である。徹底的に低めをつく、コースを丹念にねらう。点差ほどの力の差は、なかっただけに、悔いが残る。下伊那農業高校の捕手で4番の松村選手が印象に残った。肩も強く、打撃もよかった。これからも活躍してほしい。飯田下伊那の高校が弱いと嘆くが、わが子も佐久へいった。今年の長聖のレギュラーに二人飯田下伊那の選手がいた。これら選手が残ればというかもしれない。しかし、どんな素質があっても、スポーツは、よき指導者に恵まれなければ絶対(あえて絶対という)に伸びないし、勝てるチームにならない。公立高校の限界を越えなくてはならないが、いまの長野県高校教育会をみていても、飯田下伊那の高校にそれなりの指導者が着任することはないだろう。教員試験というハードル、事故のときのリスク管理、教員の異動等とても公立高校では無理としかいいようがない。サッカーの小嶺、岡工バレーの壬生(長野県ではつぶされたが)のような人は、まれである。長聖の中村先生など、無名の高校を甲子園に連れて行ったが、これも稀であろう。そんな個人を迎え、励まし、すべての責任は校長がとるからがんばれといえるような教育会にならなければ無理である。
 この試合を含め二回しか球場へ行けなかった。特に、7月19,20日は、いけず残念無念。
 それにしてもトーナメントという試合方法は、ほんとうに難しいと思う。こんなはずではない、と思っても、試合の流れを変えないとあっという間に終わってしまう。流されないチームこそほんとうの実力をもったチームなのだろうが、そんなチームはなかなかない。
 泰阜卒ががんばる阿南高校もある。阿南高校が活躍すれば、わが地域は、最高なのだが。今年の秋から、阿南高校に注目したい。

10:52 午前 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2008.07.04

公共工事と入札方法

 6月23日泰阜村で計画している20年度事業の高齢者交流研修センター(兼住宅)の建築工事の入札を行った。この工事は、木造の建物で、居室、交流場所等があり、総工費で1億5千万円近いものであった。発注者は、村であり、この契約(入札)は、村の権限で実施するものである。
 この建設をめぐり、まず、設備を担当する会社等から、分離発注をしてほしい、という要請があった。また、飯田下伊那の建築業者からは、ぜひ地元の会社で仕事ができるように、という話しもあった。
 昔から入札というと「指名競争入札」が一般的であった。私が役場へ正式に採用になったのが昭和46年であるが、その当時から、入札と言えば「指名競争」だと思っていた。ところが世の中の変化とともに、入札にかかわる談合(指名された業者が打合せをしてあらかじめ落札業者を決めておく、また落札額もおおむね決めておく)が指摘されるようになり、その摘発もされた。要するに、自由な競争が行われないので価格も高いし、一部有力者の思いのままで公正でないということである。
 公共工事の発注をめぐり、談合が摘発されたり、それをめぐり業者と役所の癒着が指摘されるようになった。これらを背景に、指名競争入札は「悪」ということになってしまった。長野県でも、田中知事登場以来、特に、この問題は取り上げられ、いち早く一般競争入札が導入された。これにより落札額が下がり、評価も高かった。
 しかし、私は、この一般競争入札による仁義なき戦いは、よくないと考えてきた。確かに、公正で透明性の高い入札で、しかも安くいいものができれば、発注者としてもうれしいことである。しかし、公共工事をはじめ、土木建設業に携わってきた人のことを思うと安定的な仕事の配分もまた必要なことであると考えている。この考えが談合のような悪の温床であると指摘されるが、問題は、適正な価格で公正な入札ができればどんな方法でもいいのであろう。そして、その地域が持つ技術力でその仕事ができるなら、お金や人材の地域内循環でこれまた地域活性化策といえると思う。
 そんな思いもあり、今回の入札では、本体と設備は、分離で発注し、入札方式は、指名競争入札とした。
 一般競争入札の導入を国、県から指導されている現状からすれば、潮流に反する入札会であったかもしれない。しかし、この圏域(飯田下伊那)に会社や営業所を持ち、いままで実績を積み上げた会社で、この仕事ができる企業が複数あるとするなら、その皆さんで競争してくれればいいのではないだろうか。
問題は、指名を受けた業者が、公正で適正な入札会にする気持ちがあるのかどうか。つまり、業界側もこの気持ちを理解するなら、それなりの改革をしなければならない。今回の入札結果からではわからないが、とにかく、業界側も自己利益だけ考えたような要望をしていればいいというものではない。本気でいい入札(契約)方法を考えなくてはいけないのであろう。
 今一度いえば、この地域で出来る仕事をこの地域で消費する、という循環を、談合とは無縁のところで作り出せばいいのではないだろうか。
 この問題に関しては、さらに書いていきたい。

12:06 午後 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック