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2008.06.02

メタボ健診(特定健診)では医療費は下がらない

 平成20年5月8日付の朝日新聞「私の視点ワイド」でメタボ健診=医療費抑制は期待できないという、私の意見が取り上げられた。医療関係の仕事に携わっている方々から励ましの言葉を数件いただいた。それに関連し、日本経済新聞では、5月28日の「蘇れ医療」の6回目で、私のコメントを載せてくれた。
 泰阜村が集団検診を廃止したのは、平成元年のこと。これは、当時の診療所網野医師の方針を村が取り入れたもので、というか、網野医師の強い方針で決まった。当時も長野県の直診(市町村直営の診療所、病院)医師の間では、検診の有効性を認める人は少なかったが、しかし、自治体の方針として決めるところまではいかなかった。まだまだ、検診は、保健の分野では、もっとも大きな仕事でもあったし、検診さえ受けていれば健康というような雰囲気であった。
 網野医師が検診を考えるようになったのは、実は、検診を受けた人が3年続けて亡くなったことがあり、それを疑問に思ったからである。その後、検診というものを徹底的に分析、研究した。検診に熱心であった保健婦も、網野医師の研究に協力する結果となったが、冷静に考えれば考えるほど検診の効果について、疑問だらけということになった。たとえば、泰阜で集団検診を受けながらも亡くなった人の事例は、見落としであった。明らかにがんでありながら見落とされたケースがある。これを解決するのは、精密検査の割合を高くする以外にないということ。
つまり、正常と判断する以外は、すべて精密検査に回すことになる。となると、受診者の半数は、精密検査となる。また、検診の有効性を考えて、集団検診をやっている自治体は皆無であった。検診を受けていれば、健康であり安心とみんなが思っていただけで、科学的な根拠はなかったということである。また、バイアス(偏り)という問題がある。これは、健康に意識がある人は、検診も受けるが、意識のない人は、受けない。該当者の50%が受診すれば、まあまあ。70%も受ければ最高。つまり、受けない人のグループができる。その人たちは、健康に関して意識も低く問題なのだがアプローチできない。この皆さんは、呼びかけても受けないのだからしかたない、受けない人が悪い、ということになる。
 ちょうど泰阜村では、時を同じくして在宅福祉に力を入れており、科学的に有効性(検診の有効性は、死亡率の減少によって証明される)が確認されていない検診に力を入れるより、その財源やマンパワーを福祉に回した方がいいと考えるようになった。これは、網野医師のあと診療所長として活躍している現佐々木医師も同じ方針で10年間継続している。
 以上では、言葉足らずであるが、健診についてどう整理しているか、まとめておきたい。
 ①豊かになった時代、病気の発見、健康を守るということは、基本的に個人の問題として考えるべき。行政は、情報提供。もし、健康対策をやるなら健診(二次予防)でなく、一次予防に返るべき(たとえば栄養)。となれば、病気を発見したい人は、医療機関できちんとした検診(たとえば、人間ドック)を受けるべき。泰阜村では、基本検診として診療所で対応する。
 ②ただし、科学的に有効性が証明されている、子宮頸がん、乳がん(一部)等については、婦人科検診を実施している。
 
 泰阜村で集団検診を廃止して20年経過した。この20年間で泰阜村の胃がんや肺がんが増加したということはない。脳卒中の死亡が多く、その対策をやりたいということでそれに取り組んでいるが、その成果は、来年あたり保健師がまとめてくれると思う。胃がんがなぜ増えないか。この立役者は、保健師のがんばりでもなく検診技術が進んだわけでもない。冷蔵庫の普及にほかならない。特に、海なし県の長野では、冷蔵庫のおかげで塩分摂取量が減り、胃がんばかりでなく脳卒中にも貢献している。戦後、感染症対策もやって、それなりの効果はあったが、効果の大きな要因は、豊かになって栄養や環境が改善されたことと同じようなものであろう。
 今回、国は、医療費対策、大きくいえば社会保障費を2200億円しか増やせない状況のなかで、なりふり構わず「特定健診」に舵をきった。検診の有効性が証明されない中で、これしか思いつかなかったのであろう。
 しかし、誰が考えても、血糖値やヘモグロビンA1Cの上昇を抑えたり、中性脂肪を抑えたり、肥満を防止することで医療費が減るとは思えないのでは。いったんは、医療費はあがるという意見もある。また、数値の悪い人に保健指導をするというが、こんな厳しい世の中で、一日1時間も運動したり、好きなたばこをやめるような優等生が幾人いるのであろうか。もっといえば、どんなに健診うけて保健指導をしてもらっても、誰もが老いて死を迎える。医療費が一番かかるのは、終末期である。健診を真面目にやっている人や保健指導を受けている人が老いない、死なないというなら私もその効果をみとめよう。しかし、高齢化率38%の村でずっと福祉に取り組んできたが、いまだに100歳以上生きる人など稀である。つまり、人間も生物であり、生老病死、生まれて老いて病気になって
死んでいく。これは、どうしようもない現実であり、これを認めることから出発してほしい。
 元気なまま死なない。病気になって死を迎える。それが糖尿病が原因のいろいろな病気であってもいいのではないだろうか。若くて亡くなる人もいるが、相対としては長寿社会である。これ以上、長生き社会になってどうなるのであろうか。
 私の言っていることは、ごく当たり前のことである。それだけに、特定健診の受診率が低く、また保健指導の効果がないと後期高齢者保険の支援金を増額するなど、まったくナンセンスな話である。さらに、個人の健康感に国家が介入するような話で、これまた時代に逆行しているといわざるをえない。医療費を下げるなら他の方法もあろう。それが無理なら、国民にお願いし、消費税を上げて、診療報酬もきちんと上げて、いい医療を提供した方が国民はよほど幸せである。

10:31 午前 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック