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2008.01.21

新年を迎えて日本の政治を思う

 遅ればせながら新年あけましておめでとうございます。今年は、子(ねずみ)年。子年は、いい年が多いと聞くので、平成20年は、いい年としゃべり、書いていますが、どうもスタートの感じは、それほどでもないような気がします。確かに、スタートから飛ばすと息切れするので、終わってみてどうかということで期待したいと思っています。
 さて、郵政民営化の選挙で自民党が衆議院で圧倒的多数となりました。そのせいもあると思うのですが、もしかしたらそれ以前からかもしれませんが、新しい法律や制度があまり議論されなく成立しているように思えてなりません。たとえば、「後期高齢者保険」がそうなのですが、日本が本格的な高齢社会を迎えるにあたっての医療費をどうするのか、また被保険者にどのように周知するのか、本質的な議論がなされたのかどうか、疑問です。法律が施行されてみて、これでは困るようなことがあります。
 国会の審議をみていますと、審議時間だけが確保されれば、あとは採決ということです。提案する政府与党が圧倒的多数でしたから、提出さえすれば通るということでした。これも時には必要でしょうが、国民生活に直結するようなことは、本質的な議論をしてもらわなければ困ります。
 ところが、参議院選挙で野党が多数になりました。今度は、法律が成立しなくなりました。これもまた困る話です。国会議員が困っているだけならいいのですが、国民が巻き添えになるとなるとほんとうに迷惑です。
 道路財源をめぐって対立しています。その財源に関しての私の考え方は、いまさら説明の要もありませんが、民主党が「ガソリン引き下げたい(隊)」などと称して、がんばろうと言っている姿をみると、もっときちんと議論してくれ、といいたくなります。
 私は、いまでも郵政民営化に反対です。山村に住むものにとって、民営化後の郵便局をみてもいいことはありません。JAの合理化もそうなのですが、国や組織にとってはよくても、住民サービスの視点ではいいことはないのです。そこを議論してほしい、とうことです。解散した小泉首相が、かっこいい、潔い、立派だという評価と郵政民営化の本質とは、別の話だったのです。
 いまの政治は「ポピュリズム」、大衆迎合主義というのでしょうか、選挙民の反応に振り回されているような気がします。負担は少なく、サービスは多く、と考える人が多いのは、当たり前です。日本の教育も、まず自分の幸せを考えるようになっています。自分以外の人の幸せを願う、忘己利他(もう(ぼう)こりた)の教えは、比叡山だけしかなくなってしまったようです。だから、道徳教育の復活も理解できるところです。仁、義、礼、智、信などという言葉も、言葉として知っているだけでは意味がありません。自分の地域は、これ以上の道路は要らない、という所もあるのでしょうが、まだ大型バスも通行できない自治体もあるということに思いを馳せる社会であってほしい。
 話はそれましたが、多くの人が反対しても、国家のため、国民のためやらなければならないことがあります。医療、福祉、年金などは、負担増なくしてサービスの継続は無理です。必要財源を提示し、そのサービス内容も明らかにして消費税をあげるべきです。後期高齢者保険の保険料や高齢者医療の窓口負担を急に先延ばしするようなら、最初から法律をつくるな、といいたくなります。もっと本質的な議論をしてからにしてほしい。
 ガソリンもしかり。この厳しい財政状況の中で、2兆6千億の収入を減らし、穴埋めするような方策があろうはずがない。歳出の合理化で1兆円浮かすと、藤井氏はいうが、どこを減らすのか説明してほしい。直轄事業の都道府県等の負担もなくすといっているが、その分事業費が減る。公共事業3%カットを継続していて、さらに直轄事業を減らせば、災害列島日本の治山治水はどうなるのか。ガソリン高騰の折、25円下げるべきという声のほうが世論調査で多いので、そうすべきだというのだったら、政治家はいらない。NHKに政策を任せた方がいい。
 例えば、今後10年間の暫定税率は、長すぎるというなら、当面5年にして、その5年間に道路財源のあり方を与野党で協議する。その結果が、一般財源としての環境税という結論であった、ということなら理解もできる。
 政治とは、国民の幸せのために真に必要なことを、反対があってもやっていく、ということだと思う。道路改良がこれからということもあり、最近の道路財源をめぐる国会議員の発言を聞いていて、次の選挙しか考えない国会なら審議などしてくれなくてもいいと思うこのごろです。
 

04:43 午後 | 固定リンク | コメント (1) | トラックバック