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2007.12.19

中学三年生との「村政を語る会」

 12月17日、泰阜村役場において、中学三年生との村政を語る会が開催された。いままで中学2年生が議場で「模擬議会」を行っていたが、それより、総合学習の成果として、村への提案を聞いてほしいという趣旨で開催された。中学三年生が、5班に分れ①泰阜村PRビデオ上映②小学校統合問題③少子高齢化問題④借金返済問題⑤福祉の更なる充実を願って、という項目で、それぞれのチームが発表し、議員、教育委員、幹部職員が感想を述べ、村長は、最後10分間感想を述べた。
 ①は、ドラマ風のビデオだったが、これだけのものを中学生ができる時代になったのだなあ、という感想と同時に女生徒の方が大人になっていると思った。ただ、画面では、そこが泰阜のどこだかすぐわからないところもあり自分の観察力のなさも感じた。②の小学校統合問題では、小学校高学年、中学生、保護者や学校の先生のアンケート集約がもとになっての発表。学校の先生へのアンケートというのはよかった。ただ、難しい問題で、答えもいろいろあり、学校統合がいかに問題多いか、という現れ。しかし、中学生として、小学生から怖いと思われているようなので交流会を開き仲良くする、という積極的な意見があり、頼もしく思った。バス通学も当たり前になっており、体力がどうか、という問題意識はあるのだが、では自分たちはどうかという視点がほしかった。③少子高齢化問題では、IUターン者へのアンケートを実施してくれた。これは、本来なら村がやるべきことなのだが、よくぞやってくれたと思って聞いていた。少なくとも戦後教育の中で、学校全体として、こういう問題に正面から取り組んだことがなかったと思うが、生まれ育った自分たちの村をどう評価していくのか、答えはないもののこの感受性豊かなときに考えたことは、将来きっと役立つと思う。20年早くやっていれば、山村ももう少し変わっていたと感じた。この問題は、木下副議長の意見=環境を整備することも大事だが、自分がこの村に住むという決意が先=がすべてだと思うが、これは村に生きると決めた大人の意見。④借金返済問題、これも面白かったが、自治体財政は、単年度決算で単純といわれているが、そうはいってもやはり詳細になると難しい。それでもしっかり勉強されたことに敬意を表したい。こんなこともいままで考えられなかったことではないのだろうか。この問題が、そんなに簡単に解決の道を示されては、村長や議員、職員の存在価値が疑われるが、少し我々のほうが理解が深くよかった。⑤福祉の更なる充実を願って、これが一番よかった。ボランティアの実践の裏打ちや障害を持った高齢者との交流もあり、我々もなるほど、と思わされた。この年代から、人間を尊敬することや高齢者を大切にすることを学べば、ほんとうにいい社会になるのであろう。戦後、こんな教育がされておれば、いまの施設収容型だけの介護にはならなかったと思う。
 こんな提案をいただいて、私が10分間、感想を述べることになっていた。時間は守る方なのだが、5分延びて15分しゃべった。信濃毎日新聞の松崎記者が終了後、生徒も村長、議員等もこれだけ本音で語る会はめずらしい、といっていたが、私もつい説教調になっていたようだ。いくら学習したといってもまだ中学生、そんなに真剣にいわなくてもほめておけば、ということでよかったのだが、どうもそれだけではおけなかった。まだ中学生ではなく、もう15歳、世の中の理屈をわかる年代として、つまり一人の人格者として認めてあげなくてはならない、と思っている。それが説教調にさせた。内容に、ひとつ、二つふれておくと、感想でも書いたとおり学校統合でバス通学の話があったが、自分たちのことに対する評価がほしい、ということ。当初、南は出さないといっていたスクールバスを途中から回すようになった。自分たちは、そんなバスに乗らなくても歩く、というような考え方はないのだろうか。また、借金返済問題で、道路改良はじめ、何項目か経費削減提案を出してもらった。それは、なかなかいい点をついていた。しかし、自分たちでまずできることはないか、という視点があってもいいのでは、というようなこと。
 つまり、提案を他人に納得させ、実行させるには、自らもそれに関しての律し方を示さないと響かないということである。いまの社会は、自分はコタツにあたりながら、早く雪をかいてくれ、と役所に電話するような時代である。自分は、バスに乗ったり、親に送ってもらうが、他の人は歩いてください。私は、寒いのでストーブを使ってますが、あなたは灯油を節約してください。というような気持ちはさらさらなかったと思うのだが、何となくそう聞こえたような気がした。お金の節約なら、お昼はみんなで弁当持っていくので学校給食をやめましょう、といわれれば、私は、感激してそこまで考えていてくれるのか、と言葉もなかったと思う。何とかしなければと考えるであろう。
 次の日、役場の朝礼で、あんなに言わなくてもよかったと反省している、と述べた。ただ、あそこでしゃべったことがすべてで、あいさつはあいさつで、陰に回ってあんな提案をしてとんでもない、などというようなことは言わない。
 就任以来、対立の続く村の行政運営を任されやってきたことは、主張は堂々公式の場できちんという、かけひきのようなことは絶対によくない、ということだった。たとえ、中学生でも私の感じたままをストレート、まあカットボールくらいだったが、そのまま述べた。
議会の一般質問で、答弁はいらないといっても、一言追加させてもらうこともある。何もそこまでといつも思うのだが・・・・。

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黒田投手のFA

 広島カープの黒田投手が100勝を達成し、しかもFA宣言せず、広島に残ったことに感動したことを過去に書いた。その黒田投手が、大リーグドジャースへの移籍を発表し、来年からは大リーグのマウンドにあがることになる。日本なら巨人が獲得に動き、クルーン、グラインシンガー、黒田となったかもしれない。日本の球団でなくよかったと思っているが、海外へもいかず広島でずっと投げていたら、私はさらに感動したと思う。
 しかし、あれだけの投手が自分の力を最高の場面で発揮してみたい、挑戦してみたいという思いもわかるし、それを悪いというわけではない。これにより過去の選択の評価が落ちることもない。これは前にも書いたとおりである。
 私は、野球が好きで、行政もよく野球にたとえる。野球と一緒にするのは、不謹慎かもしれないが、公務員にもFAを、ということが言われるようになった。山村のできる職員が給与の高い、大きな市へ引き抜かれるようなことがおきるかもしれない。泰阜村のようなところでは、これに太刀打ちできない。
 しかし、可能性としてその逆もあるのだろうと思う。大きな市の優秀な職員が、給与は下がっても山村のために働いてみたい、といって山村に移籍する。人間は、何のために働き、何のために燃えるのだろうか。
 構造改革以来、世の中の価値基準がどうもお金一辺倒になった気がしてならない。お金から離れ、人生意気に感じるような場面をみたいものだと思う。
 もちろん黒田投手は、お金ではなく、挑戦だと思う。
 広島は、新井が阪神へということで、投打の柱がいなくなった。大リーグからすごい選手を獲得するお金もないのであろう。来年は、どうなるのだろうか。高卒の若い、安い選手を鍛えて、あの巨人に対抗するのであろう。
 結果は、見えている。しかし、同じ人間、努力しだいでわからない。過疎の山村も、ほんとうに厳しい時代になった。でもがんばるしかない。そう、広島球団がモデルなのである。雑草軍団でいいではないか、広島にがんばってほしいものである。黒田投手も雑草軍団出身として、大リーグで活躍してほしいものである。

 

01:58 午後 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック