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2007.11.09

道路特定財源諸税の暫定税率継続を

 道路特定財源の堅持を!これについては、記載のとおりである。しかし、今年は、この道路財源について、様相が一変してしまった。それは、7月の参議院選挙で、民主党を中心とした野党が勝利し、参議院においては、自民党、公明党の与党は少数派になってしまったことに起因している。運の悪いことに、時限立法である暫定税率の適用期限が来年3月で切れるという時期と民主党勝利が重なった。その民主党のマニフェストでは、揮発油税等の道路財源は廃止し、新たな税金(環境税等になるのでしょうか)で対応するといった趣旨のようで、これに沿えば、当然この時限立法である租税特別措置法には、反対することになるのでは、と素人ながら推測する。道路特定財源の一般財源化という声が数年前から出るようになり、小泉改革でも一般財源化に道筋を開いたような議論がなされた。結果として、本四架橋公団の赤字返済を道路財源で肩代わりし、その返済が終わった時点での数千億円が余ったということになり、一部が一般財源に回せるというような話から、完全な一般財源でなく、道路に関係したような財源に使われることであった。そのころから、厳しい財政状況を反映して一般財源化議論は、表舞台になった。昨年12月、政府与党は、議論の末、この問題について一定の方向を出す、閣議決定された。
その概要は、道路特定財源諸税の暫定税率は、継続する。真に必要な道路整備を行い、その上での余剰財源は、一般財源化する、というものである。つまり、真に必要な道路整備に、道路財源すべてが使われれば、一般財源に回るところはない、と解釈できるから、ご安心くださいという決着だった。そのために、今後の道路整備中期計画を策定するということで、いろいろな意見が集約され、もうすぐ発表される。その計画実現には、道路財源がどのくらい必要か、ということで財源が議論されるはずであるのだが。
 これら暫定税率(本税の倍、ガソリンでいえば、1リットル24.3円が、48円60銭となっている。地方税も5円くらいさらに上乗せになっているが)は、継続される前提で考えられているのだが、これが継続されないとなると、道路整備の根幹にかかわることになる。
 泰阜村の主要地方道は、県道であり、いま急ピッチで改良が進められている。この改良費は、国が半分、県が半分というシステムになっている。たとえば、1億円の事業費と発表されると、それは国が5千万、県が5千万円。
長野県の話では、道路財源として300億収入があるが、半分の150億は、道路関係の借金返済にあて、残り150億円を維持、改良にまわしているとのこと。これが、単純に半分になれば、借金返済で財源が終わり、いまやっている改良は、ストップするという。村でも、譲与税として入る道路財源が2500万円ほど減ることになる。
 暫定税率が継続されるか、されないか、泰阜村に大型バスが通行できる日が近づいてきたのに、その日が限りなく遠のく結果となってしまう。
 これはなんとかしなくては、ただ陳情しているだけではいけない。そこで、田舎の道路整備は無駄ではないか、という意見がけっこうある都会で、実情を訴えることにした。一山村が、少しぐらいビラまいて、単なるパフォーマンスという笑い声が聞こえるが、いてもたってもいられない状況になってしまった。田舎の生活道路はまだまだ整備されていない。この暫定税率が継続されるかどうか、これは大きな政治問題。どうかご理解をいただきたい。
 
 

04:40 午後 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2007.11.06

日本シリーズの中日優勝に思う

 日本シリーズは、中日が勝った。短期決戦では、チームのいいところが出たほうが勝つが、今シリーズも中日のよさばかりが目立った。私には、落合監督というのは優れた頭脳の持ち主だとみえる。それは、彼の采配は、奇策でもなんでもなく、理論があり、選手を納得させると思うからである。
 今シリーズでは、なんといっても最終戦のパーフェクト投手山井を代えたこと、これが話題を呼んでいる。私は、9回は岩瀬だろうと思っていた。この投手交代については、球団に抗議電話があったり、多くの意見が飛び交った。
 野球を外から見ている人は、結果論でものをいう。もし山井続投で、ホームランでも打たれたら、なぜ岩瀬を出さなかったというであろうし、岩瀬が抑えたからよかったものの、岩瀬が打たれたら、さらに批判は強まったであろうと思う。しかし、この試合を含め、勝敗の責任は、監督でしかとることができない。落合監督は、そこのところが明確である。我々は、あくまで野球を好きで、あのハイレベルのプロ野球を楽しんでいる。それは、捕手のリード、監督の采配を含めて、野球そのものを楽しんでいる。だから、落合野球を、なるほど、といってみればいいのであるが、いつのまにか、自分の意見が正しいと思うようになってしまう。
 小笠原を5回ツーアウトで代えたときも、含めて、非情なおれ流采配、といわれるのだが、いいではないか、と思う。こんなことに共感するのは、実は、最近の行政も同じようなことがいえるからである。
 とにかく、世の中、文句がいいやすくなった。言われて当然ということも多くあるが、この人から、そんなことは言われる筋合いはない、と思うことがよくある。また、野球と同じように、行政も結果が問われる。しかし、選択したすべての結果がいいなどということはない。一生懸命やっても、だめなときもある。それは、私の責任だ、と思っているのに、それを責められても答えようがない。言わなくてもそれは了解されている社会であったと思うのだが。
 落合監督が「ベンチの中でしかわからないことがある」といったが、最近は、「お前に任せた」ということが少なくなっているのではないだろうか。私なども、支援者から、選挙のあとは任せた、しっかりやれ、ということをいわれると大変ありがたいし、責任を感じる。逆に、いちいち注文をつけられると、何のために支援してくれたのか、と思うようになる。
 落合監督を見ながら、いいたいやつはいえ、雑音に惑わされず、決められたルールのなかで、最高目標を目指してがんばるだけ、という覚悟を感じる。私にそれだけの覚悟や能力があるのだろうか、と思うと残念ながら落合監督には及ばない。
 山井を代えて岩瀬に、日本一になるために、組織として最良の選択をする。山井個人の記録より、チームの勝利の方が大事、それを選手も理解しているのであろう。そして、結果はすべて監督の責任、というこれほどの明確なメッセージはない。こんなトップと組織になりたいものだ、これが日本シリーズの感想である。

11:11 午前 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック