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2007.08.31

国土の均衡ある衰退?!

 最近、竹中平蔵氏が、改革が進まなければ「国土の均衡ある衰退」になるだけ、という発言を繰り返しています。かつて、田中角栄総理大臣に代表される地方の基盤整備を進めるころ使われた言葉は「国土の均衡ある発展」でした。我々が、山村から発言するとき、そもそも日本の国土づくりの基本は、国土の均衡ある発展であるはず、といってきました。それを、言い換えたものですが、表現だけとれば、なかなかうまいことを言うなあ、ということになるのですが、構造改革を進め、地方自治体を苦しめ続けた竹中氏だけにそうはいきません。
 竹中氏の発言は、構造改革(何の構造を改革するのかわかりませんが)を進め、経済成長力をつけ、国際競争に勝ち抜くことにより、日本は豊かな国家を継続することができる。そのために、地方だ、弱者だ、というようなところにお金を回していてはだめだ、ということです。地方の基盤整備や過疎も脱却できないような山村にお金を使っても無駄、成長も止まるし、国全体が衰退するということ。国が成長を続けることによって、国民がいい生活を送ることができるし、成長のおこぼれがあるから、地方も生きているのではないか、格差などという生意気をいうな、と聞こえてくる。さすが、アメリカと深い関係にある竹中氏だ。
 私も日本の経済活動をすべて否定するつもりはない。地球上の60億の人類の多くが飢えている中で、我々は、ものがあふれ、飽食でたべ物を捨てるような生活をしている。それもこれも経済成長あったからではないか、この生活水準を下げることなどできない、見方もあるであろう。でも、どこかおかしい、何かが違うと思う人が多いのでは。
 歴史などきちんと勉強していないが、我々が生きてきた戦後の貧しい時代を振り返ると、その古きよき時代は、1000円儲けると、そのうち500円は、次の投資に回し、残った500円を貧しい人や弱い人に分配する社会だったように思う。竹中氏の言い方は、1000円儲けたら、その1000円を使って、2000円儲けるような改革、投資を進めるべきだ、と聞こえる。再分配されない層は、耐えておれ、2000円儲けたら100円くらい回してやろう、という感じである。
 私も贅沢な生活をしたい、といっているわけではない。山村(広くいえば地方)でも、せめて人間らしい、安心の暮らしを送りたい、ということ。我々が努力していないのではなく、必死で努力しても、その条件により成果が現れないだけのことである。また、山村住民だって、納税を基本として国民としての義務を果たしていることを忘れないでほしい。地方自治体の立場でいえば、国民としての村民に、きちんとした福祉、教育サービスを提供し、治水治山を進め、住の安全を提供するための財源が必要、不足するならそれは国家で財源保障することといっているだけのことである。これが、地方のわがまま、といって切り捨ててきた結果が、参議院選挙につながった。
 国、地方合わせて800兆を超える借金があることも承知している。これも解決しなければならない。そのために増税が必要なら、地方への配慮さえ明確にするなら、我々も当然住民を説得する。また、歳出の無駄もなくしていく努力をする。それもこれも、政府と地方に信頼関係あってこそであり、地方重視の予算配分をすれば、均衡ある衰退などといわれれば、次の衆議院選挙も厳しいと自覚してもらわねばなるまい。
 

09:53 午前 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック