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2007.07.30

参議院選挙結果に思う

 7月29日執行された第21回参議院議員通常選挙は、予想されたとはいえ、自民党の大敗であった。
 私は、この下伊那を地元にしている吉田博美候補の泰阜後援会長でもあり、彼の政治手腕を評価しているし、高校の同級生という間柄であり支援した。6年前小泉旋風でトップ当選で初陣を飾ったのだが、今回はほんと逆風であった。吉田候補が、民主党の羽田候補より多く得票した自治体は、長野県81のうち15町村しかない。そのうち13は、下伊那郡である。上伊那郡で二つ。隣の飯田市でも吉田候補は負けた。比例区も旧自治省出身の森元候補が、日ごろ地方自治に関し、見識の高い発言をしてくれているので個人としては投票したが落選であった。ほんとこれは想像以上の逆風であったといっていい。ただこれは今回の話であって、風が反対に吹けば、また逆も起こるということであるが。
 この結果を受け、いろいろな原因が言われ、安倍総理はやめるのか、やめないのか、今後の国会運営がどうなるのか、そんなところに注目がいっているが、経済財政諮問会議のメンバーや安倍内閣の閣僚には、この選挙結果をもう一度よく考えてみてもらいたい。年金が争点、大臣のいい加減な発言が問題といわれている。確かに、年金記録の不備をよく調べ上げ追求した民主党の地道な取組みはたいしたものだった。また、閣僚がいい加減な発言をしたのも安倍内閣の弱点でもあった。ただそれは、無党派層の一部に影響しただけだと思う。
 私はこの参議院選挙で、かつて自民党を支えた東北、山陰、四国、九州で、その自民党が大敗したこの事実こそがいまの地方の現状を物語っているし、今回参議院選挙の最大の出来事だと思う。小泉さんは、私も好きな政治家であったが、さっそうと登場し政治主導の構造改革路線を走り出した。確かに、改革すべきことは多かった。特に、財政赤字からの脱却は、誰が総理大臣でも取りくまなければならない課題であったし、日米安保条約以来日本は、アメリカとの関係抜きに生きていけない国になっているため、アメリカの要望(攻勢)も無視できない。公的資金を注入しての金融安定、規制緩和(構造改革特区も含め)、財政支出の大幅削減等をやり、景気回復、株価も上昇安定と日本経済は立ち直りをみせた。仕上げは郵政民営化であった。いま泰阜のような小さな郵便局でも間仕切りしているが、馬鹿なことを、と思うのは私だけではあるまい。そういえば、今回の参議院選挙では、特定郵便局長会は、溜飲を下げたのであろうか。
 この改革だが、私のような知識も能力もない村長でも、長くこの村で行政に携わり、感覚としてわかっているのは、無理してやったことへは反動があること、すなわち、光が強ければ影も濃くなるし、劇薬は即効性もあるが、副作用も強いということである。小泉構造改革によって、景気も回復し税収もあがり、この路線をさらに続ければもっとよくなる、というのが安倍内閣の考え方であったと思うが、実は、副作用がどのくらいであったのか、そこまで見抜けなかったのではないだろうか。痛みを感じたことのない政治家が多いせいもあるのだあろうが。
 タクシーの運転手がいう。規制緩和だかなんだか知らんが、誰でもタクシーに参入できるようになり、過当競争でタクシーのマナーは落ちるし、収入は減るし、何にもいいことない、と。公共事業が減らされ、建設、建築業は大変。それでも政府与党を応援してきた。働いている人に聞くと、派遣社員です、パートですという。では、我々自治体関係者はどうか。国の財政が厳しいから、地方の我々も努力して協力しなければいけないとみんな思ってはいるのだが、泰阜のような村で、平成11年度から今日まで、特に平成14~16年度を中心に、約5億円近い交付税が減っている。率にして3割を超える。この間には、市町村合併も推進された。合併すればすべてが解決できるような話だったが、合併してもいいことないじゃないか、という思いを県外の多くの山村住民から聞かされた。この現状をみても竹中平蔵氏なんかは、地方の努力が足りない、まだ地方の方がお金があるようなことをいう。経済財政諮問会議でも公共事業はまだ減らせ、社会保障費は、自己負担を増やし、持続可能な制度にという。
 このような時間が流れる中で、市町村長の間から、もう自民党を応援できないというような声が聞こえてくるようになった。私が村長に就任してから、市町村長の間でそんな声がでることなどなかった。
 その思いは、国のいうこともわかる、協力はする、しかし、これだけ急激なことをされちゃ無理、ということなのである。地方自治体が安定して、住民に行政サービスを継続しているからこそ安定した国家でいられる。その努力を認めないで、国のいうことなら何でもいうことを聞くと思ったら大間違いですよ、という結果が今回の選挙であったと思う。
 決して、民主党に期待しているわけではなく、自民党よ驕るなかれ、もう少し地方の実情を考えよ、という自民党に対する応援の檄である。
 地方の努力も評価しないで地方の努力が足りない、甘えている。限界集落に住んでいる人は、それを承知して住んでいるのだから文句をいうな、みたいなことをいう学者だけは政府の委員で使わないでほしい。
 最後に、自民党が次の衆議院選挙で勝つ方法を教えれば、それは「地方交付税の10%増額」である。
地方交付税10%、1兆5千億円の話である。地方が安定していい政治を行えば、政府与党安泰である。選挙民だって考えている。時間外勤務手当ももらえず、村民のために汗を流して草刈をする、税金が高いといって文句を言う人をなだめ、国民年金記録はちゃんと保存している泰阜村の役場職員がいるからこそ、国が守られていることをわかる国会議員であってほしい。それでも私は「地方の活力なくして国の活力なし」という安倍首相の方針には、共感している。これを継続してほしいものである。
 当選した新党日本の田中代表が、国会にとって国対(国会対策)が重要ではなく、国民のために何をするのか、という視点が必要といったことを発言していたが、なかなかうまいことを言うと思う。自民党も民主党も次の選挙でなく、国民のための政治をお願いしたい。

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2007.07.23

広島黒田投手の百勝を祝う

 7月14日の夜、広島の黒田投手が巨人を相手に完投勝ちをして、通算100勝に到達した。
 この14日の夜は、台風4号が長野県南部に接近、15日朝までに235ミリという豪雨により、道路を中心に大きな被害を受けた。その夜の試合。我が家も、黒田投手の喜びのインタビューのとき、後ろのほうでガシャーンという音がした。私は、気がつかなかったが、家内が、家の後ろが崩壊した、といって騒ぎ出した。みれば、後ろの畑の土手が我が家に押し寄せて、大変なことになっていたが、雨の中、緊急にシートなど張って、二次災害を防ぐだけの手当てをして一夜を過ごした。これは、我が家の出来事で、建設業者を頼んで、土砂を出し、ようやく落ち着いたところ。その晩、黒田の100勝なので、永遠に忘れないかもしれない。
 日本を代表するエースが、フリーエイジェントの権利を獲得。あれだけの投手なので、どこへでもいくチャンスがあった。いままでのプロ球界の動きでは、まず巨人が獲得に動くであろうと推測できた。それも選手の権利だから、仕方ないと思う。ところがである。黒田は、広島に残るといったのである。これは、すでに書いたが、大変な決断である。昔は、こういうことはよくあったのではないだろうか。義理と人情が優先する社会、お世話になったこの人を見捨てるわけにはいかない。負けるとわかっていても、この勝負あなたの味方をしなければ、俺の気持ちが許さない。歴史を知らないが、真田幸村もそうだったのかもしれない。
 池波正太郎が好きで、読書をしない私にしてはよく読んだが、必殺仕事人、小遣い銭しか持たない子供が「お母さんの仇を討ってください」とお地蔵さんのもとに、その小銭を置いていく。どうするか、こんなお金にならない仕事を。テレビでは、藤田まことが眉間にしわを寄せ「どうする?」。でもみんな黙って、その小銭をとって、出かけていく。お金じゃない、許せない悪党を抹殺するこの心意気に打たれる。
 黒田が、広島というお金もないチームのエースとして孤軍奮闘している。黒田でまければ、連敗が続くようなチームである。しかし、他のチームへ移って、広島を相手に投げている自分を想像できないという。自分を育ててくれたチームに恩義もあり、愛着もあるのだろう。あれだけの投手がやっと100勝である。強いチームなら、もう20~30勝上乗せしているだろう。そして200勝もあっという間かもしれない。広島にいれば、200勝できないかもしれない。それでも「残る」という黒田の心意気に感動する。日本人ってそうだったじゃない、といいたい。
 学校でも、ディベートなどと議論を戦わせ、どっちが勝った負けたとやっているという。自治体も訴訟が増え、これからは法律の専門家が必要などという。それもアメリカ型日本になる以上必要かもしれないが、日本人の心がなくなっていくのではないだろうか。裁判で勝ちさえすればそれでいいのであろうか。それが解決なのだろうか。
 泰阜村でも、お金のある人、たまに役場職員も、利便性の高い隣の市へ出て行く。個人の自由をとやかくいえるわけではない。しかし、この村に生まれ、この村に育って、山の中といわれようが、不便といわれようが、この村で生きていく覚悟をもった人間もいる。私は、そんな村民に頭が下がる。
 日本経済新聞「私の履歴書」で、いま長島茂雄氏が書いている。国鉄金田投手は、巨人を相手に投げ、でも最後に一度巨人のようなこれだけの選手をバックで投げてみたい、といったそうだ。そして、巨人に移籍した。これも人生。黒田も次のチャンスには、移籍するかもしれない。でも、それにより、今回の選択の評価がさがることはない。一番活躍できるこのときに、広島に残ったことに勝ちがある。
 最近、こういういい話が少ない。心あっての人間社会であり、義理と人情がからまってこそ、いい人生といえるのではないだろうか。何もない山村にいきる一人として、黒田に勇気を与えられている。

03:01 午後 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック