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2006.07.25

豊かな社会と障害者(手をつなぐ親の会総会)

 7月24日の午後、「泰阜村手をつなぐ親の会総会」が開催された。出席者は、4家族5人。私は、就任以来、都合つく限りこの総会へ出席するようにしている。平成2年、泰阜村役場を退職し、下伊那郡町村会へ身分を移したことで、手をつなぐ親の会を知った。もちろん、在宅福祉の現場にいた人間なので、障害者のことも理解しているつもりでいたが、実は知らないことがいっぱいあった。この手をつなぐ親の会、通称「手親の会」もその一つであった。
 泰阜村の会員は、重度の障害をもった家族もいるが、自ら知的障害者を持つことを前向きに捉え、その障害者が幸せに生きることをともに考えよう、という会員ばかり。泰阜村全体では、会員対象者は、もっといるのであるが、会員登録している家族は4人だけである。折しも、障害者自立支援法が施行され、この10月からは、新たな視点で障害者支援が行われる。この法律施行で、個人負担の増額が問題視されているが、その大変さも理解できる。だが、それ以上に日本の障害者行政が目指すべき方向、すなわち、ノーマライゼーションを具現化していこうという理念を高く評価したい。口では、障害者も健常者も同じ、というが、これを国家理念として、また社会のあり様として当たり前に位置付けていく、この姿勢が必要だったと考えてきた私にとって、ようやくここまできたかと思う。
 しかし、現実は、そんな甘いものではないようだ。
 集った親の皆さんは、昔は、知的障害の子を持つだけで、異端視され、その子の世話は、親、家族だけが必死で行ってきた。また、知的障害が恥ずかしいことと考え、隠し耐えることしかできなかった方も多かったと聞く。いまそれではいけない、ということがいわれながら、激しい競争社会になり、ノーマライゼーションの思想とは、逆の差別、障害者を邪魔なもの、足手まとい、と考えるような世の中に戻っていきそうな気配を感じる。
 泰阜の親の皆さんは「この子を看取ってからでなければ死ねない」と言う。そんなことは無理なのだが、その言葉をいわせる背景を思うと、行政を預かるものとして、責任を感じる。
 障害者にお金をかけることが悪い事のようにいう人もいる。戦後民主教育は、そんな人間を作り出したのであろうか。
 これからの障害者行政は、地方分権で市町村に責任がある。つまり、私自身が、障害者支援をどうしていくか、という問題である。私は、もともと行政の支援というのものは、弱者のためにある、と考えている。つまり、昔から世の中には、いろいろな人で構成されており、その中には、他人の手を借りなければ生きていけない人もいる。在宅福祉の精神もまさにそうである。寝たきりがいけないといったって、寝たきりになった人は、自分ひとりでは生活できない。その支援を誰がやるのか、それが行政だ、と考えている。財政の厳しい時代、あれもこれもはできない、そのときにどこに光をあてるのか、日ごろ、光の当たらないところへ、支援がなければ生きていけない人のために行政サービスを提供したい。
 そのためには、泰阜という単位でお金の使い方を決めなければならない。市町村合併を選択するより、泰阜村でいた方が小回りがきく。障害者や過疎の山村を大切にしてこそ、いい国ができると思うのだが。

09:58 午前 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック