2009.06.23

鳩の乱=鳩山総務大臣の辞任(更迭)は

 鳩山総務大臣が辞任をした。事実上の更迭だと思うが、辞任後の世論調査で、鳩山大臣が辞めて、日本郵政の西川社長が何のおとがめなしに残ることに対する反発なのか、鳩山大臣をやめさせる必要はない、という声の方が多く、内閣支持率を下げた。西松建設からみの民主党小沢代表秘書の逮捕で、民主党が支持率を下げた矢先だっただけに、自民党には、打撃のようであった。
 さて、そもそも鳩山総務大臣が辞めることになった原因は、郵政民営化以後の話である。私も最後まで、郵政民営化に反対していた。そういう立場でみていると、いまさら民営化がそのものにも問題があったようなことを言ったり、麻生総理のように、ほんとうは賛成ではなかった、などというような言葉を聞くと、何をいまさらと憤懣やるかたない。郵政の西川社長が悪いというのは、急いで民営化を軌道に乗せるために、いろいろ処理したが、その過程において余りにもいい加減なことが行われていた、ということなのだろうか。かんぽの宿を一括売却したことが、本当に悪いのか、というと、行政現場で長く働いている私など、そういう方法もあると理解を示したい。確かに、安く売ったのに、それを高く転売するようなことは、やってはいけないが、逆に、そのお金で他の赤字施設を埋め合わせるということもあるのではないだろうか。そう思ってみていたので、私の個人的見解では、鳩山大臣も民間会社の社長人事に、あそこまでこだわることはなかったのでは、と思った。しかし、最後まで鳩山大臣は、意思を貫いたのだが、総理大臣の権限を考えれば、鳩山大臣が辞めることしかなかったのであろう。麻生と盟友というが、泣いて馬しょくを切る、という故事ほどの大袈裟な話ではないと思う。
 では、世論調査の結果をどう見るか。これは、喧嘩両成敗に見えなかったからではないだろうか。昨日になって、西川社長も自ら30%の給料カットを言いだしたが、郵政社長が少しくらい給料をカットしたくらいじゃ責任とったことにならない、とほとんどの国民は思う。だから、鳩山大臣は、自らの意思を貫いて盟友総理から更迭された。一方は、どうか。これじゃ鳩山大臣に同情が集まるのも無理はない。
 また、隠れた話だが、日本の金融、経済界のドンである西川社長に、面と向かってやめてください、と普通の政治家では言えないらしい。さすが、鳩山家ということにもなるらしい。
 しかし、こんなことは、政治の表舞台の寸劇であって、郵政で喧嘩する暇があったら、田舎の郵便局の実態を考えてほしい。確かに、わが村も二つの郵便局が残った。これは、約束が守られた。しかし、会社が分割されたため、小さな郵便局にわざわざ仕切りを入れ、郵便を配達する人は、それだけで、いままで、年金通帳や局への用事を頼めたのにそれもできなくなった。また、外交に回る人がいないので、貯金も頼めない。集落の会計など、郵便局は、大変に都合よかったのに。窓口は、局長いれてもいつもは二人、もう「郵便局」というイメージは、消えてしまった。
 黒字の会社で、ユニバーサルサービスを展開しているなら、いまある資源(建物や局員)を有効活用すれば、もっといいサービスができる。これでは、アメリカの国債を買うだけの民営化であったことを証明することになるのではないだろうか。民営化は、もう戻らないと思っているからこそ、いい郵便局であってほしい。泰阜郵便局を利用したり、たまに、よその郵便局を利用するわれわれが、社長に出会うこともない。誰が社長だって関係ないといえば言いすぎだろうか。もっと大事なところを見なければ、自民党も負けるかも知れない。では、民主党か、否、国民から政治そのものが見放されるのではないだろうか。一度壊れて、新たなものが生まれる時代が近づいているのだろうか。

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2009.05.12

民主党小沢代表の辞任に思う

 国会議員の世襲が取りざたされるようになったが、問題は、小選挙区選挙制度だと思う。勝つか負けるか、つまり一番にならなければだめで、二番ではただの人になってしまう。これでは、よほどの決意があるか、ただの人になった時の受け皿がないと選挙に出られない。3人当選できるとなれば、その可能性にかける人はいるかも知れない。日本には、中選挙区があっているのではないだろうか。その小選挙区制度にこだわったのは、小沢一郎氏だと記憶している。二大政党制をいい、政権交代できそうなこの時に辞任であるから、無念のことであろうと思う。今回の辞任の引き金になった秘書の逮捕は、確かに、検察の狙いうちのような印象もある。しかし、検察が秘書を逮捕したという事実は消えない。本人にやましいところがあるのか、ないのか、という問題でなく、私も含め、普通の人は、悪いことをしない人を捕まえたりしない、と思っている。しかも、庶民では、見たこともないような大金をもらって、知らない、責任はない、ということでいいのか、これが庶民感情というものだろう。
 だから、辞めるなら無念であったろうが、逮捕されて続投会見をやったあの時に辞める会見にすべきであったと思う。私も人ごとのようにいうが、やめるタイミング、これは、ほんと難しい問題である。
 いま、国政を見ていると、政治の判断にもっとも影響しているのが世論調査の結果にようにみえる。これは設問の仕方、回答率から、必ずしも参考にすべき結果かどうか、疑った方がいいと思うが、数字が一人歩きしてしまう。そんなものに振り回されない方がいいと思う。ただし、問題は何か。世論調査で出る結果が、政治家の判断と違っているということが大問題ではないか、と思うのだがいかがでしょうか。
 つまり、庶民の感覚と政治家の意識にかい離があるということです。政治というのは、そういう世界で行われ、そこで政策が決められていく、ということです。世論調査、すなわち庶民の声というか意識とは、違う感覚の人が住む世界のように国民が感じていくことが危険だと思う。
 小沢代表も全国行脚をしたという。先の参議院選挙でもかなりがんばったようだが、野党の党首とはいえ、国民年金しかもらえず、痛い足を引きずりながら狭い耕地を耕す人の声までは、聞かないだろう。だから開き直れば、世論調査など気にせずやる、というのも小沢らしかったともいえる。
 でも、今回は、辞任すべきであったし、どうせならもっと早いか、選挙の前でどうだろうか。
 話は、変わるが、静岡県石川知事は、飛行場の立木のために辞任する。数年前、なんとかシンポで握手をさせてもらったので印象にあるが、たぶん、所有者に対する初期対応がまずかったと思う。まさか静岡県の大型プロジェクト完成前に、辞任するとは、思いもしなかったことだと思う。政治家は、常に、責任をどうとるか、大きな問題。
私ももうすぐ満15年になる。よくそんなに長く現職でいられたものだと思う。でも、明日はわからない。ただ、村人の意識から離れない気持ちを持って、判断したいものだ、と小沢代表辞任をみて思った。

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2009.04.22

「ミツバチ」異変をどう考えるか

 今年に入って、農業関係者の間で、ミツバチがいなくなり、受粉ができるかどうか不安という話を聞くようになった。果樹のように人工授粉ができるものは、対応策もあるのだろうが、イチゴほか、自然の摂理で収穫されるようなものは、大変とのこと。よく聞いてみれば、ミツバチが減り出したのは、今年でなくここ数年の出来事で、女王蜂も輸入されているということを始めて知った。地元の農協担当者が言うのに、今年の春のイチゴほかは、何とか乗り切ったとのこと。
 ミツバチの減少に興味を持つようになり、関連する記事は、努めて読むようになった。いろいろな原因が挙げられているようだが、農業関係者の間では、ダニやウィルスがミツバチをやっつけているのでは、ということらしい。そんな折、構想日本の情報提供の中で、藤原養蜂場を経営されている藤原誠太氏の意見を拝読しなるほどと思った。氏が言うには、ミツバチ減少の原因は、ここ数年使われだしたネオニコチノイド系殺虫剤の影響だという。この殺虫剤は、人間への影響が少なく、殺虫効果はあり、すぐれたものとのこと。低農薬、減農薬が叫ばれる昨今では、貴重な殺虫剤であり、除草剤などと同じ選択毒性(あるものには効くが、その他のものには効かない)を利用している。で、この殺虫剤は、昆虫の知覚神経を麻痺させるようで、女王蜂を中心として一糸乱れぬ統率されたミツバチ軍団は、ハイレベルの社会的昆虫で、人間以上の知覚神経でつながっているようである。その知覚神経が麻痺されてしまうので、飛びたったミツバチは、自分の行動判断ができなくなるということだろうか。それにより、免疫力が低下し、ダニやウィルスに対抗できない。
 この説は、大変説得力もありなるほどと思う。
 そして思う。人間社会は、常に進歩してきた、また、進歩してると思ってきた。確かに、長寿を手にいれ、お金を開発し経済活動を活発化させ、人間の欲を満たしてきた。まだ、便利に、もっと長生きをと思っている。
 しかし、一方で自然の摂理を破壊、すなわち地球環境のバランスを崩し続けているのが、人類の発展と言えるのではないだろうか。このミツバチの話は、象徴的な出来事のように思う。
 そろそろ自然を制圧できる、コントロールできるという考え方を捨てなければいけないのではないだろうか。天気予報は、きちんとできた方がいい。しかし、台風の発生も集中豪雨も止めることはできない。病気は発見できるようになった、でもすべての病気を治せる技術はない。これでいいのではないだろうか。命あるから人間は、そのはかない人生を大切に生きようとする。
 ミツバチの生態系を壊すようなことは、しない方がいい。いままで人間に害のあるものは、社会から抹殺されていった。たまには、ミツバチはじめ、自然界に悪影響を与えるような化学薬品、製剤を排除したらどうなのだろうか。人間よりミツバチを大事にするような考え方は、やはり受け入れられないのだろうか。
 我が家の水田も、農協の指導のとおり、初期、中期の除草剤やいもち病予防の農薬を使う。それでも減農薬栽培に該当するそうだが、人間だけが幸せな地球でいいのか、そんなことも考える新緑の季節である。

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2009.01.21

「民意」という言葉を考える

 私は、民意=民の心=という言葉をよく使う。よく使うようになったのは、田中康夫知事誕生のときからである。このときの選挙では、村の政治に携わっていた私も含めた関係者は、田中氏を支援しなかった。しかし、長野県民が選んだのは、田中氏であった。県政や村政に携わっていた我々はショックであったが、同時に、いままで多くの県民の心、すなわち「民意」を把握してきたのだろうか、ということを考えさせられた。常に、県民、村民のことを思いながらやってきたのに、という思いもあった一方で、政治というのは、真の民意をつかむ努力をしなければいけない、という思いからそんな話をするようになった。しかし、現実に村長という立場にいると、村長も村民から選ばれた代表、議会も代表、つまり、どちらも民意の代表。その代表が、村の政策を決定し、遂行しているのでそこで議論されれば手続き上何の問題もないはずである。これが問題なら間接民主主義は、どうなるのか、でもある。
 今回改めてこの問題を考えさせられたのが、岐阜市長選挙である。市立岐阜商業高校のあり方をめぐって、議会と対立した細江市長は、民意に問う、として辞職後、出直し市長選挙に立候補した。前述のとおり、議会も代表、市長も代表、その意見が対立した。さあ、どうするか。トップとしての意思を貫徹することが、住民の利益になると判断していれば、何があろうと初志貫徹するという政治姿勢に共感するので、岐阜市長の行動は、たいしたものだ、と思った。同じような行動では、郵政民営化の小泉首相とダブる。あの時、郵政民営化によりどんな影響があるのか、といった冷静な判断より、初志貫徹のために、衆議院を解散して国民に訴えるという、リスクを背負ってでも戦う強いリーダーに酔ったのではないか、と思う。今回もそれに近いことが起こるのでは、と思っていた。
したがって、反対した議会の中から対抗馬が出て、選挙になると予想した。まさに、争点を一つに住民の声を問うことになるのである。それがいいのかどうかは、別の問題として。
 ところが、最終的に強力な対抗馬が出ず、細江市長が当選しそうな情勢のようである。これで議会は、再び反対できる。一方、市長は、当選したのだから、民意は支持した、民意は我にあり、と主張するであろう、と推測する。 結果はどうなるのか、それはわからないし、岐阜市民が決めることである。
 この岐阜市の動きは、地方自治に携わる者として深く考えさせられることである。ただ、郵政民営化や長野県のダムと違い、教育という課題であり、争いにふさわしい課題かどうか、という問題はあるが。
 最近は、リーダーシップ論ばやりであるが、強いリーダーが求められるということに異論はないのであろうが、強さとは何であろうか。私は、対立した議会代表と市長が立命館誘致と市立岐阜商業存続をかけて、激しい選挙戦をやるものと思っていたが、そうでないところをみると、外でみるより複雑な問題なのだと思う。この場合、複雑ならば、教育という視点から時間をかけてねばり強く結論を導きだすようなリーダーは、どう評価されるのだろうか。根回しではだめであるが。
 私も結論を急ぐし、自分の考えがほぼ正しいと思うタイプのようである。だから、議会と対立することもある。それでも「村民の立場、利益」に立ち返って判断しなおし、それでも私の考えていることが正しいと思えば、貫徹したいと思う。貫徹できないときにどうするのか。その時は、辞めるというのが政治家なのだろう。
 ただ、民意といっても、感情論だけが先行する自己利益を主張するようなものもあるので、見極めが必要である。そこで最近は、真の民意という言い方をしている。
 理想は、私こそ民意である、といえるようなリーダーであろう。そんな思いを持つには、村政に情熱を持ち続けなくてはならない。長く村長をやっていると、一番難しいのがこの情熱の維持である。
 論理は飛躍するのかもしれないが、民意の反映を思うと、結局住民の政治関心度、最後は投票行動になるのかもしれない。地方自治も、つまり我々自分自身の責任になるのであろう。
 
 
 
 
 
 

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2009.01.05

平成21年の新年を迎えて

 あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
 昨年、秋から新たな投稿が載らず、何人かの皆様からご指摘を受けました。言い訳なんですが、昨年の10月から12月前半まで、けっこう忙しい日々を送りました。忙しいといっても、民間会社の前線で働いている皆さんのことを思えば、我々の忙しさなどたいしたことはないと思います。ただ、いろいろな行事が重なったり、出張が続いたり、少し考え方をまとめなければならないことがあったり、といった具合で、精神的に余裕がない、という状態だったのです。
 昨年の最大の感動は、長野県下縦断駅伝競走大会で飯田下伊那チームが51年ぶりに優勝したことです。かつて下伊那チームが強いときがありました。その当時、泰阜村からも選手が出ていたようです。なにしろ、私が58歳でトシだなあ、と思っているのですが、前回の優勝は、小学校一年ですから記憶にまったくありません。今回は、泰阜村から二人の選手がエントリー。早野選手は、一区を走りました。宮沢選手は、当日の交代で補欠に回ったようです。それにしても、上伊那、長野、佐久、松本でなく、飯田下伊那が優勝したということでほんと感動しました。12月には、佐久長聖高校が全国高校駅伝を制しました。昨年の二位で、女神が逃げたと思ったのですが、それをばねに優勝したということは、ほんとうに力をつけたということでしょう。
 職員に話したのですが、長聖のエース村沢選手は「辛い練習は、思い出せない。毎日が辛かったから」というような談話でした。我々の仕事で辛いなどということがあるのだろうか。どうしたら地域力をつけられるのか、村が元気になるのか、辛いほど考えてほしいものだ、という思いをこめての私の言葉でしたが、たぶん伝わっていないと思います。私の表現力がないからです。
 去年の秋以上に、今年の実体経済は、大変と予想されています。泰阜の企業も大変なことと思います。その原因は、やはりアメリカ型の新自由主義、新たな金融工学といった経済論理だと思います。アメリカが世界の輸出を支えていましたが、その原資は、借金でした。その借金は、誰のものだかわからなくなり、めぐり巡って世界中で支払うことになりました。
 さて、これからどうするか、です。私は、色紙を書くことはめったありませんが、求められたとき「忍耐」と書きます。自分の人生にこの言葉が一番あっていると思うからです。たぶん、みんなで耐えることになると思います。
しかし、いい時代を経験した我々は、耐えることは苦手になりました。そして、世の中の面倒なことや悪いことを他人のせいにするようにもなりました。
 こんな時代に必要なこと、それは自律です。泰阜村が合併でなく、自立を決めた時の計画は、自律計画という字を使いました。すべての歳出を20%カットすることにし、そのために、まず村長の報酬を20%カットしました。けっこう家計に響いたようです。しかし、そうしなければ、みんなが納得しなかったように思います。
 確かに、総理大臣以下、百年に一度のこの恐慌を乗り切るために、財政規律より、景気対策を優先させよう、とう気概は感じます。また、そうしなければなりません。麻生総理も、みんなでがんばろう、もともと日本は、国力があり、いままでも何回も難局を乗り切ってきたではないか、と言いたいと思います。でも、国民にいま一つ響かないのは、国会議員や国家公務員のかけ声は聞こえても、心が伝わってこない、からではないでしょうか。
 いま、東京の永田町では、国会議員会館の建て替え工事がおこなわれている。いましのげないほどの議員会館でもないと思うのですが。この難局というなら、こういう工事は、中断するとか、国会議員の報酬や国家公務員の給与も10%カットするとか自らも律するという覚悟を聞きたいものだ、というのが国民の本音ではないだろうか。
自治体は、お金を印刷して発行することはできません。だから、収入が減れば、支出も抑える以外ありません。しかし、国と日銀は、あらゆる手段を使って、国の経済を動かすことができます。国民がついてくるような政策ならば効果が出ます。私も定額給付金でなく、2兆円は、次世代の新たな産業(たとえば環境)開発に使うべきだと思いますが、それを待っている人もいるでしょう。だったら、早く実施すべきです。二次補正も今日提案されました。
 野党もこれを通さないなんてことはないでしょうが、それにしても国民の心へ響きません。
 新聞半面を使って、政党の宣伝が出ています。その広告代は、もしかしたら政党交付金かもしれません。約三百億円というお金が交付されています。こんなときこそ、そのお金も減らしたらどうか、と思います。
 かくいう私も総理大臣の立場なら、言えないかもしれません。村長の報酬も減らしてきましたが、カット率を少し回復させてもらおうかな、なんて思っていた矢先でしたから。でも、この状況ではそんなことは、いえません。
 泰阜村は、世の中の景気のいい時も悪い時もずっと低空飛行でした。これからも低空飛行が続きます。
 でも、落ちないでここまできました。今年も落ちない操縦をしなければなりません。今日の(1月5日付)の信濃毎日新聞社説で泰阜村のことを取り上げてくれました。低空飛行の中で、福祉を大事にしています、というとかっこよすぎますが、私も給料もらうけど、村民の皆様も支える施策もやります、ということだと思います。
 今年もご支援をよろしくお願いいたします。
 
 

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2008.09.29

「人生意気に感ず」デーブおめでとう、西武おめでとう

 9月26日夜、札幌ではあったが、埼玉西武ライオンズの優勝が決定し、渡辺監督の胴上げがあった。もちろん、勝って胴上げしてほしかったが、レギュラーシーズンでの優勝決定の瞬間であることには間違いない。ベンチで泣きながら抱き合う打撃コーチデーブ大久保と渡辺監督の姿に感動した。あのデーブがいる、デーブが泣いている、テレビの中に飛び込んでいっしょに泣きたいような気持だった。
 平成6年に村長に就任した私は、ソフト事業をやろうということでいろいろ考えた。私は、山村育ちで都会を知らず常に「山村コンプレックス」を持っていたし、今でもある。その一つに、田舎にいるといわゆる一流とふれあう機会が少なく、常に半周遅れのような気がするのである。田舎にいても一流に接することができることが必要ということで、まず少年野球の指導にプロ野球選手を頼もうと考えた。その年引退した選手では、パンチ佐藤が有名で、パンチを頼もうということで接触したが予定がいっぱいで断られ、その時、巨人を引退した大久保博元ことデーブ大久保なら交渉可能という結果だった。もともと巨人ファンであったので、では、大久保選手をお願いしようということになり、平成7年5月の連休だったと思うが、第一回デーブ大久保野球教室が実現した。それが終わり二年目、今度は、誰を頼もうかと思っていたら、子供たちがもう一度デーブを頼んでほしいという。私は、野球教室は年々違う人を頼むものだと思っていたし、頼まれた方も二回もいやだというはず、と考えたいた。ところが、デーブは、喜んで二回目もきてくれた。その時のあいさつで、今度は誰にしようかと考えていたが、皆さんの希望でデーブに、と言ったので、いまだに、「村長は、私を代えようとした」といわれる。その後、毎年泰阜へ足を運んでくれる。
 そして、昨年が13回目のデーブ大久保野球教室だった。10回過ぎ、デーブがでかい優勝カップをくれて「デーブ杯野球大会」も開催されて三年目。今年も、日本シリーズになればいけないが、その時は、元巨人の橋本投手が行きます、ということのようだ。もう、私の手は完全に離れ、保護者やデーブ世代の子供たちが高校野球から社会人になりデーブを囲んでの野球教室であり、大交流会になっている。
 一回目茅野へ迎えにいき車できてもらった。デーブいわく「どこの山の中へ連れていかれるかと思った。二度といやだなあ。」ところが子供に接し「これほど真剣に、目を輝かせて野球に取り組み、一生懸命やろうとする子供たちはいない。いま都会では、野球教室慣れで、我々のいうことを真剣に聞かない。泰阜の子供に接し、あらためて野球の原点に戻れた気がする」という。そして、泰阜からプロ野球の選手を、と本気でいう。
 毎年、子供たちを保護者を、プロ野球観戦に招待してくれる。今年は、もちろん西武球場、練習のときグランドにおろしてくれて、球広いをさせてくれたり、本物の練習を見せてくれたという。デーブいわく「もうお金じゃない」と、泣かせることを言ってくれる。昨年、西武のコーチ依頼があったとき、悩んだようだが、一軍の打撃コーチになるということは、子供たちにとっても誇りかもしれないと考えたようだ。彼は、泰阜の子供たちにいう「プロも同じ練習をしている。私は、君たちにプロと同じことを教えている」と。
 そのデーブがコーチになり、「アーリーワーク」という早出練習、徹底的な練習を秋季練習から今日まで、休みなしに続けている。デーブは、途中やりすぎて足を痛めた。それでもやめなかったというか、若手がやめさせてくれなかったのだ。渡辺監督の自由奔放野球が選手の力を引き出したことは事実だが、選手の力がなければ、引き出すこともできない。中島などほんと一流の遊撃手になった。中村もホームランの数の三倍以上も三振しているが、ホームランを打てる打撃技術を身につけたからこそ、監督が狙ってこい、といえる。言った以上、責任は、監督にある、これがわかっている渡辺監督だからえらい。指導者は、誉めなければ、ということが言われる。世の中勘違いがあり、何でも誉めりゃいいような雰囲気がある。そうでなく、苦しい、人並み以上の努力をして、結果を出した時に「誉める」ということでなければならない。努力もしないやつが結果だけ出してほめるなどとんでもないこと。もちろん、少年野球や社会人のスポーツのように、そのレベル、段階で上達したとき、うまくいったときに誉めてやることは、指導上必要で、ここでいうプロの世界とは違う。役場の職員は、行政のプロ集団である。今日の会議がうまくいったといって課長が部下を誉めるようなことではない、そんなことは当たり前。行政も、新しいことに挑戦し、何年も苦労しながら一つのプロジェクトをやり遂げたときに始めて誉める、それがプロの世界。渡辺監督や黒江コーチは、それがわかった上での自由奔放野球で開花したと思う。
 デーブに始めてであったとき、頭のいい人なんだろうなあ、と思った。これが第一印象。毎年、色紙にサインをもらうが、帽子をとってありがとうございます、といってから「我慢」と書いてくれる。5年後、10年後のチームづくりのために始めた指導が、一年目で開花した。シーズン当初、勝てないとき、職員に「批判されるのであろうが大変な仕事に就いたものだ」と話をしたが、杞憂に過ぎなかった。彼の指導、打撃理論が優れているのだろう。それは、野球教室の指導ぶりでわかる。打撃コーチは、10人のうち9人駄目にして、一人育てりゃたいしたもの、といわれる世界のようだが、やはりコーチの実力がないと選手がかわいそうなのだろう。
 デーブは、テレビ番組でアナウンサーが泰阜の子供たちの手紙を読んだとき涙を流してくれたが、今回の大泣きの姿をみて、「人生意気に感ず」という私の大好きな言葉がほんとに似合う男だと思った。短い人生、誰のために、何のために生きるのか、お金のためや自分の老後のためにがんばっているだけじゃ悲しい。
 付け加えるが、数年前、フジテレビの取材をかねて、デーブ野球教室に、渡辺久信氏、駒田徳広氏も来てくれたことがあった。少年野球のあと、大人で試合を行った。私も使ってくれて、渡辺投手のチームで内野を守った。そのとき、ヒットを打った私をみて渡辺氏が「いいバッティングしているね」といってくれた(と思う)。彼の眼力は、正しい。私の草野球人生での唯一の誇りである。
 こころからデーブおめでとう。日本シリーズに出なければ、野球教室に来てくれるのかもしれない。複雑な心境で応援しよう。

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2008.09.26

小学校の運動会をみて考えた

 台風の影響で天候が心配されたものの、朝には雨があがった9月20日に二つの小学校の運動会が行われた。学校のことだから前日に延期を決めるのでは、と思っていたが、グランドを手入れしてでも実施してくれてほっとした。21日が雨となり、結果的にこの選択は、吉、であった。何としても土曜日に、という意欲があったとすれば、それが誰のためであったのか、それはわからない。でも、行事は、予定通り行われた方がいい。
 さて、南北に二つの小学校があるので、午前、午後と二つの小学校を訪問する。立場上、来賓祝辞などを申しあげるので、交互にできるよう配慮しているつもりである。今年は、北小学校であいさつをして、午前中北小学校運動会を見学した。陽射しが強くなった。いつも思うのだが、子供や保護者は、炎天下に座り、来賓は、テントの下。主人公は、子供なのに、これでいいのかなあ、と思う。来賓は、炎天下で、子供たちがテントの下の方がいいのでは、と思がどうなのであろうか。
 本題に入るが、北小学校の高学年が「騎馬戦」を行った。私は、感激してみた。いま、学校現場や保育園、さらに福祉現場全体にもいえるが、「リスク」対策が大きな課題になっている。危険なことに挑戦し、もしケガでも負ったらどうなるのか、すなわちその責任は、誰がとるのか、ということ。昔は、それは、わが子の責任、本人の責任ということで問題になるケースはほとんどなかったのではないだろうか。しかし、最近は、管理者としての責任を考えると危険なことはできない時代になった。
 もちろん、介護現場など、あきらかに介護技術が未熟であったり、時間がなく手抜きによっての事故がおきることも否定できない。これが問題にされることもあるが、過失責任は負わなければならない。
 総合的に考えると、過失のないようにやるけれど、それでも起きてしまった事故をどうするか。それは、受け入れていただく以外にない、という理解ができる社会であってほしい。が、いまは、その責任を問うことの方が重要になってしまった。というより、そういう社会を作り上げてしまった。確かに、人命にかかわるとそれは大変である。一方、私たちが生きるということは、常にリスクと共存していることでもある。一例でいえば、車で通勤しているが、車に乗る以上、最大死亡事故までに遭遇するという覚悟を持っていなければならない、と私は思う。
 公園のブランコが落ちて事故があった場合、その責任は、公園管理者である市町村の課長であり、最終責任はトップである。遊具があった方がいいという善意なのだが、責任を問われるなら、危険なものは設置しない方がいい。サッカーの試合中に、落雷で亡くなったのは、監督の責任。となると、雷がなれば、野外での競技は、やらせることができない。プールなども使わせない方がいいのかもしれない。現場では、こんな考え方がどんどんエスカレートしていく。
 話をもとに戻すと、小学生の騎馬戦である。帽子を取るだけとはいえ、ひっかいたり、落馬での事故も想定できる。こんな時代にあえてやる競技でもないのでは。組体操で十分では、と考えて当たり前と思う。それでもやったのは、たぶん勇気ある教師が一人いたのだろうと推測できる。それを認めた教頭、校長もいた。私は、社会の中で生きるには、常にリスクと共存しているという現実を知り、また、どんなにがんばっても負けるという事実を体験する必要を感じている。運動会など小さなことではあるが、応援合戦に負けて泣き、紅白対抗で負けて泣く子供の時代にこんなことを経験させることを教育というのではないかと思う。北小学校で騎馬戦ができたのも、日頃の保護者、子供との信頼関係が厚いのだろう。リスク対策が叫ばれるが、それは「信頼」という二文字によって解決される。というより、リスク管理などという仕事に時間を割く必要もなくなるであろう。南小学校では、先生たちがお揃いのTシャツを着ていた。校長も教頭も。教員一丸という感じを受け、これなら保護者の信頼もあるだろうと思った次第。
 さて、この北小学校では、我々が保護者の時代から、運動会のあと教員、保護者、来賓含め「慰労会」が行われる。二次会は、校長住宅である。私は、校長住宅まで皆勤であるが、何年か前、若い女性の体育主任(運動会担当)の先生が、大成功に終わった運動会に感激し、涙を流しながら校長住宅で何度も乾杯した。そんな純粋な先生の気持に、汚れた私の心もきれいにさせられた。今年も騎馬戦で、最後引分けというときでピストルを撃った先生の気持ち聞きながら酒を飲んだ。私は、性善説に立っているが、多くの人間は、悩みながら、考えながら、答えの出ない社会で悶々としながら生きている。そんな心の奥底は、酒でも飲まなければ語れない。ただし、大事なことは、それを聞いても忘れることである。この慰労会の参加者も減少傾向。そういう時代なのだろうか。社会を維持していく大切なものが失われていくような気がする。社会のルールはあっても、そのルールは、法律の条文で守っていくのでなく、人間同士の理解で守られていく。気の合った仲間だけで、またわが子だけで社会が構成されているわけではない。それをぎくしゃくさせず動かすには、潤滑油がいる。社会の潤滑油を「酒」と思っている。
オイルが切れれば、車も壊れる。オイルは、少ないけれど重要なのである。農機具も動かす前に、注油が必要。
伝統ある慰労会も継続してほしいと思うが、統合もありどうなるのであろうか。
 慰労会のあいさつで、校長が、いい運動会ができたのも教員のおかげとその努力を誉めた。日頃は、どうも教師は、うまいことを言いすぎる、だから管理職としての指導力にかける、と思っているのだが、この日は、素直に聞くことができたので、それを受けて「私も明日からたまには職員を誉めて・・・」なんてあいさつをした。
 あれからほぼ一週間、結果はどうか、まだ誉めるところまでいかないなあ・・・・・。私の思うように成果が上がらないしぬるま湯というか職場の湯加減も良すぎる。職員を誉めるには、まだまだ時間がかかりそう。ということは、まだやめるわけにはいかないのだろうか。
 

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2008.09.11

福田総理大臣の辞任から政治家を考える

 9月10日に泰阜村の最高齢者になる馬淵たかねさんの100歳のお祝いに、長野県下伊那地方事務所長がきてくれて、長野県知事の賞状と金杯が渡された。100歳は、実は、総理大臣からの賞状と銀杯が贈られるのだそうだ。それは、私が代理で手渡したのだが、平成20年9月15日総理大臣福田康夫 となっており、それを代読した。あれ、もう辞めたのでは、と思ったのだが、現在の総理大臣は、福田さんでいいんですよね、という感じ。考えようによっては、貴重な賞状でもあるが、あの辞任会見をした総理大臣の賞状を手渡すのもおかしな気がした。前置きはこれくらいで昨年は、安倍総理。今年は、福田総理と二代続けて辞任するというのも、大変なことだ。でも、地元新聞のインタビューで、私は「大変だったと思う。御苦労さまといいたい」といって、福田総理の気持ちは理解できると返答した。無責任なんだろうが、行き詰ってもうできない、と思った人が辞めるというのは、理解できるような気がする。一国の総理大臣と山村の村長を同じレベルで考えてては、失礼だが、山村村長には、それなりの苦しみもあり、辞めたいと思うこともたくさんある。しかも、若くしてその立場になったので余計そんなことを思う。ただ、安倍総理辞任のときにどう書いたのかわからないので、もしかしたら整合性がないかも。でも、気持はわかる、という感覚はたぶん同じだと思うが。
 今回、街の声のなかに、「私たちだってこれだけ苦しい中でがんばっているのに、総理大臣が大変だといって投げ出すなんて・・・・」というのがあって、これが庶民の本音だろうと思う。総理大臣だけがえらいのでなく、いつ倒れても不思議でないほど働いている人はたくさんいて、そんな国民からみれば、もっとずたずたになるほどやってから、辞めるといってほしい、と思うのでは。福田さんのあの表情、一記者の言葉にむきになるなど、あの雰囲気からは、とことん努力したという印象はなく、やはり無責任では、ということだと思う。
 さて、最近は、政治主導ということがいわれるが、政治家と官僚とどちらが悪いのか、と思う。そんなことを考えていたら7月6日の中日新聞の視座でジェラルド・カーティスという客員教授(コロンビア大学)が、ひどいのは政治家か官僚か、という論文を書いていて、なるほどと納得した。居酒屋タクシーの話なのだが、官僚が反対だからできない、と自民党の政治家が恥ずかしげもなくいう。自分の責任を逃れるためにすぎない。それに、いかにも自分にリーダーになる資格はないと白状しているようなものである、と指摘し、最後に、居酒屋タクシーはひどい話だが、官僚が遅くまで働いている間。政治家は、クラブやカラオケで遊びながら、役人の悪口を言っている。こちらの方がもっとひどいのでは、ないだろうか、と締めくくっている。
 そうなのである。私もそうだが、口だけで世の中を動かそうとするだけで、政治家に、法律をつくったり、現状を分析する力などないし、そんな時間もない。だから、政治家は、優秀な官僚を使う、ということで力を発揮すべき。官僚には、この教授がいうように、もっと高度な知識、専門知識をもった人を増やし、きちんとした政策や法律を作ってもらうべき、その指示をするのが政治家で充分。いま政治家が主導権を持つ、という言い方や意識が何か間違った方向で考えられているのではないだろうか。
 政治家は、だからわからないことはわからないといえばいいし、疲れたら疲れたといえばいい。福田さんも、私の力の限界です、といってほしかった。民主党のせいにしたってしかたない。一国の総理大臣なんだから。
そんな意味で「謙虚さ」こそ政治家の一番大切なものだと思う。私もそろそろ限界なんだろうなあ、と思う。

04:42 午後 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.08.29

職員にいう「我々は、評論家ではない」

 北京オリンピックが終わった。始まって早々の北島選手の金メダル獲得では、ほんとうに鳥肌が立った。本番で実力を発揮する、できる人の心臓を覗いてみたい。女子ソフトもすごかった。オーストラリア戦で、7回二死からホームランで同点にされたが、普通あれで流れはオーストラリア。それを食い止めた上野投手の気迫、精神力も、言葉が出てこない。同じ「とうしゅ」でも日本の党首に気迫や精神力を教えてやってほしい。
 なでしこジャパンもすごかった。一方、柔道の選手選考、マラソンの選手管理、選考等もう少し考えてもいいのではという感じもしたがどうなのだろうか。
 さて、本題に。オリンピックが終わって、一番批判されているのが、星野ジャパン。特に、星野監督に対する批判は、単なる批判を通り越し、批難、中傷の類といえるだろう。コーチ陣の顔ぶれ、選手選考、本番での選手起用すべてにわたって攻撃されている。負ければ、こんなもの、と承知しているだろうが、世の中ほんとうにそんなものである。勝っていれば、称賛の言葉が与えられたと思うのだが。
 野球の結果が出る前、8月9日に職員全員参加しての集りで、平成20年度の後半を乗り切るために、ということで、職員に「我々は、評論家ではない」という話をした。自称、野球評論家の私で、野球のことは一応詳しいと思っているが、子供の影響もあり野球を通じて何を学ぶか、ということも考えられるようになった。
 役場職員というのは、よき泰阜村にするために、住民が安心して暮らせるために、日々行政サービスを提供している。しかし、こんな小さな村の役場でも、縦割という弊害がある。それは私の仕事ではない、ということを言いたがる。また、自分以外の仕事を批評する。それも建設的な意見ならいいが、その仕事を揶揄したようなことをいう。つまり、評論家になっている。私がいうのは、平成20年度の方針や予算を決まるまでは、我々は、議論が必要、評論家になることも必要。しかし、スタートした以上、もう評論家ではいられない。このことをあえて言わなければならないのは、住民は、役場職員を選んだ気持はないが、村長や議員は、私が応援して選んだという意識があり、職員が聞いてくれないときは、村長に話がある。役場職員に足を引っ張られているような話があったり、村の重要事業を批判しているような話を聞く。疲弊が続く山村を引っ張るのは、行政だ、と私だけがかけ声をかけてもこれではどうしようもない。山村の戦いは、桶狭間である。それだったら東京と戦えるかもしれない。それだけの軍団にしたいと思っているのだが、足元からこういう状況もあるということである。
 星野ジャパンでいえば、私は星野。職員は、選ばれたプレーヤー。チーム一丸となっても負けるような試合が続く。これは泰阜も同じ。プレーヤーが、プレーヤーを批判し、作戦を批判しているようではチームにならない。戦う前から勝負にならない。我々は、単年度で勝負している。もうすぐ5回が終わる。いま一度「我々は、プレーヤーで評論家ではない」といったのだが通じただろうか。一丸となって戦っても負ければ、星野ジャパン同様、批難ごうごうである。しかし、それは受け入れなくてはならない、そのためにも評論家ではだめなのである。評論すれば、負けた理由を並べるだけのことである。岩瀬をなぜあそこで使ったのか、それは、最善の策として監督が決めたのである。結果について、評論されていいのだが、我々は、評論する立場にないことを理解しなければならない。
 この日は、土曜日で球技大会のあとだったが、義理で1~2名の職員が欠席しただけで全員参加。私の飲むときは飲む、という方針でありながら、まだ車で来る職員もいる。飲む席に飲まない(身体が受け付けないのは別)という態度が、私では理解できない。帰りが心配という理由なら、泰阜だって、タクシーもあり、電車も走っている。たまには、旦那や奥さんが迎えにきたっていいのだが、一度も見たこともない人もいる。女性職員なら、たぶん我が家では旦那も迎えに行っていると思う。
 統率とれないこのいい加減な組織、これも将が将なので仕方ないのかもしれない。
 たまには、愚痴もこぼしながら、後半戦を戦わなくてはならない。今年は、打つ手打つ手がうまくいかないことが多い、落合監督と同じ気持ちなのかもしれない。
 

11:26 午前 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.07.23

高校野球長野大会が終わって

 自称、野球評論家なのですが、甲子園をめざした高校野球長野大会も終り、少し気落ちしている。それは、長野大会決勝で佐久長聖高校が敗れたことが原因でもある。子供が佐久長聖高校野球部に所属したということもあるが、監督でもある中村先生や平出部長の「全員野球」という精神を知れば知るほど、中村先生がベンチで指導できるうちにもう一度甲子園にという思いが強い。今年は、ほんとうにチャンスだった。春の選抜に二校が出場し、この二校に松商がからむ展開だと予想された。しかし、春の北信越大会では、松商を破り佐久長聖が優勝した。春の優勝校が甲子園に行くケースは少なく、いやな予感もあったが、注目の長野日大上村投手を打ち、長聖が勝ち、にわかに甲子園が近づいた気がした。いま一つ注目された東海第三の甲斐投手と松商が準決勝であたり、
もしかしたら東海がと思ったが、やはり松商が勝った。やはり、長聖高校のライバルは、松商学園である。わが子の時も松商に負けた。今年も負けた。勝負の世界は、厳しいものである。
 さて、今回の話は、これからである。泰阜村は、少年野球をはじめ野球が結構さかんである。現在西部ライオンズの打撃コーチで活躍しているデーブ大久保こと大久保博元氏が13年も毎年野球教室に訪れていることも大きく影響しているが、これについてはまた別の機会に書きたい。
 今年の下伊那農業高校のエース木下君も泰阜出身である。春の北信越でも南信の代表にもなった。二回戦で長野高校(長野は二試合目)と対戦することになり、松本球場へ応援に行ってきた。公式戦で木下君を見るのは、初めてであったが、成長した姿をみて感動、スタイルもいいしなかなかのイケ面のようである。まっすぐは、130キロ台だと思うが、コントロールもよさそうでまとまった好投手という印象をうけた。一回に長野の3番に本塁打を打たれ一点を先取されたが、二回に二点とって逆転。その次長野の攻撃で同点に追いつかれ、なお二死満塁という場面でセカンドゴロを二塁手がエラー(トンネル気味にみえたが)し、二点が入り逆転された。このプレーで二塁手が落ち込んで(私にはふてくされた態度にみえたが)いるようにみえた。確かに、多くの観客は、あのゴロを
とっていればと思ったと思う。しかし、野球にエラーはつきもの。エラーがない試合は勝つし、エラーしたり、チャンスで打てなければ負ける。でも、三年間苦労してやってきたんだから、エラーしても「すまん」だけでもっと前向きな姿をみたかった。いままでには、彼のファインプレーで勝った試合もあったかもしれない。それでいいではないか、と思う。その二点も確かに問題だったが、まだ4-2。私には、次の回の守りの方が問題であったとみた。次の回も長野の2番が出塁した。ここで3番(ホームランを打っている)を迎えたが、守る下農は、バンド守備体制をとった(私にはみえた)。ところが、長野高校の攻撃スタイルは、信頼のクリーンアップは、いつも打たせてきたと思う。これは、事前の調査でわかることである。バンドなしで落ち着いて打たせてとる投球をしてほしかった。バンドを警戒して四球、連打がからみ決定的な追加点を与えた。その後は、もう流れを変えることができず、コールド負けを喫した。確かに、長野の2~5番打者は、よかった。あてにくるようなことはなく、スイングしていた。でも、木下君が抑えられないバッターではない。一人打たれても連打を食わなければいいのであるから。このようなバッターと対決するには、ねばり強さが必要である。徹底的に低めをつく、コースを丹念にねらう。点差ほどの力の差は、なかっただけに、悔いが残る。下伊那農業高校の捕手で4番の松村選手が印象に残った。肩も強く、打撃もよかった。これからも活躍してほしい。飯田下伊那の高校が弱いと嘆くが、わが子も佐久へいった。今年の長聖のレギュラーに二人飯田下伊那の選手がいた。これら選手が残ればというかもしれない。しかし、どんな素質があっても、スポーツは、よき指導者に恵まれなければ絶対(あえて絶対という)に伸びないし、勝てるチームにならない。公立高校の限界を越えなくてはならないが、いまの長野県高校教育会をみていても、飯田下伊那の高校にそれなりの指導者が着任することはないだろう。教員試験というハードル、事故のときのリスク管理、教員の異動等とても公立高校では無理としかいいようがない。サッカーの小嶺、岡工バレーの壬生(長野県ではつぶされたが)のような人は、まれである。長聖の中村先生など、無名の高校を甲子園に連れて行ったが、これも稀であろう。そんな個人を迎え、励まし、すべての責任は校長がとるからがんばれといえるような教育会にならなければ無理である。
 この試合を含め二回しか球場へ行けなかった。特に、7月19,20日は、いけず残念無念。
 それにしてもトーナメントという試合方法は、ほんとうに難しいと思う。こんなはずではない、と思っても、試合の流れを変えないとあっという間に終わってしまう。流されないチームこそほんとうの実力をもったチームなのだろうが、そんなチームはなかなかない。
 泰阜卒ががんばる阿南高校もある。阿南高校が活躍すれば、わが地域は、最高なのだが。今年の秋から、阿南高校に注目したい。

10:52 午前 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)